

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2003-07-25 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
私はオトナなのだけれど、たまに“オトナの良識”というものに押し潰されそうになる時がある。
そんな時に考える。
もともとニンゲンってのは、矛盾に満ち満ちた生き物で、理屈で割り切れない部分がいろいろあると思うのだけれど、社会で生きていくってのは、矛盾を放出するということと逆のベクトルにあるわけだから、タイヘンだ。
心情的には「ああ……メチャクチャなことがしたいっっ」と思っても、それをやると、本当に周りがメチャクチャになってしまうので、やっぱりガマンするしかない。
そうすると、次第にココロに垢のようなものが溜まっていく。
そしてオトナになればなるほど、その垢が溜まった状態こそがフツーだと思うようになり、自分が仮面をかぶっているということにさえ気付かないふりをしたまま、日常をただ穏便に漫然に過ごすという状態になってくる。
世の中では、それこそが“できたオトナだ”と言われているけれど、私はたまにそれが耐えられなくなる。
魂は叫びたいのに、それをどこかで“オトナの良識”に基づいてガマンしていることを直視してしまった時が辛い。
友人が「ニッポンは、ヤセガマンの世界だ」と言っているのを聞いたことがあるけれど、少なくともこれを書いている今は、これはかなり当たっていると思う。
いろんな世界を渡り歩いてきたけれど、ニッポン特有の“スバラシキ和の精神”は、その代償として“ヤセガマン”を強いているという感じは否めないからだ。
表面上の静寂、別の言葉で言えば、中に悶々と溜まり続けるエネルギーが、ニッポンの誇るべきオタク文化を開花させたと感じる時もある。
いずれにしても、誤解を恐れずに言えば、私個人は、ニュースに登場する評論家達の妙にさっぱりと割り切れてしまう“オトナの良識”がどこかウソ臭いと感じることは多いし、鉄骨の機械のように理路整然とした理屈が並んだ専門家の見識がどこか大切な何かが抜けていると直感的に思うことも多い。
そうでありながら、毎日そういう環境の中にいると、自分もいつのまにかしっかりと“オトナの良識”をしっかりと身につけ、仮面をつけているということにさえ気付かなくなってくるのだから、アタマではなく魂の方が“モヤモヤ虫”を抱えて騒ぎ出すというのは、ある意味当然のこと。
こうなった時、さあどうやって解決しよう。
見て見ぬふりをするというものも、一つの方策。
お酒を飲んで愚痴を言って、だましだまし穏便に解決するのも、一つの方法。
さて。私の場合は?
そのエネルギーを行動に変える。
思えば、今まで起こした行動は、すべてその直感的なモヤモヤを晴らすために、“自分のココロの真ん中にある衝動”に正直に従ってきた結果だとも言える。
そんな時に、サルサ・ダンスの話を友人に聞いた。面白そうだったので、やってみたいなと思った。
そこでまた仮面をつけた自分がちょっと自分に囁いた。
「そんなことをやったって、ムダじゃない?」
そこでアタマで考えると、確かにそうだ、ムダかもしれない、と思った。
けれど、ココロの真ん中は私にこう言った。
「アタマで考えるんじゃなくて、ただ直感的にやりたいと思ったらやるべきだ」と。
アタマで考え始めるとやりたいと思った動機そのものが萎えてしまいそうだったので、何も考えないことにした。
受話器を持ち上げた。その場で教室に申し込んだ。
オトナになってから、踊りの習い事を始めたのは、これが初めてのことだった。
サルサの世界には、ヒトの本能が炸裂していた。
見知らぬ男女が集い、お互いの素性を全く知らないままに手に手を取り合って踊り、笑い、汗をほとばしらせる。
“恥ずかしい”なんて言葉とは無縁の世界。
恥ずかしいってのは、他人の目があってはじめて出てくる感情だと思うのだけれど、その場にいる人達はただひたすら自分の体の中に湧き上がってくる“感情”に従って体を動かしているだけだから、誰一人として他人を気にしている人などいなかった。
それがなんとも、スカッとしていて気持ちがいいのだ。
みんなが自分の感情だけに従ってまっすぐに動いているその姿が、とんでもなく清々しく思えたのだ。
私も踊り方なんて全くわからないというのに、ひたすらリズムの流れるままに体を動かした。
なんだか普段全く使わない、自分の中の別の感覚が再生された気がした。
オトナになると、ついアタマばかりが先行しがちで、体が何かを感じ取る前にアタマばかりがああでもないこうでもないと動き出し、しまいには何も行動を起こさずに終わるということがしばしばあるというのに、体が独りでに動き出すという感覚は、少なくともトウキョウにいる間は忘れていた感覚だった。
誰しもがもともとは持っている、本能とも言うべき動物的な直感がまっすぐ復活したような感じさえした。
80人ほど集まった人達はお互いに全く面識のない人達だというのに、考えなくても顔が自然に笑い、体中から“楽しい”という感じをほとばしらせていた。
ニンゲンがニンゲンやっているという爽やかさが会場を包んでいた。
会場を後にする頃には、左脳が右脳にきて、右脳が左脳に来てしまったかのような、脳みそが一回きれいに洗われたかのような不思議な感覚が体中にみなぎっていた。
扉の外は、いつもの静かなトウキョウだった。
ほんの3時間くらいの間、奇妙な夢を見ていた気分。
体の中に残る熱気を噛みしめながら、帰り道、私はアフリカで見た木のことを思い出していた。
アフリカの木。
私が地平線の彼方にまで続く一本道を車で走っていた時、サバンナを覆う木々に目を奪われていた。
辺りを埋め尽くしているのは、ただの木々。だというのに、私はすっかり魅了されていた。
一日8時間以上、何もないサバンナを走り続ける。
普通だったら、そんな“何もない”場所を走り続けていれば飽きがきてもおかしくないというのに、そんな日々が二週間以上続いても、全く飽きないのが不思議だった。
どうしてだろうとその時考えた。
そしてその理由がわかった。“木が木をやっていたから”だった。
なにかがトウキョウの街路樹と違う。
少なくとも、トウキョウの街路樹に目を奪われて立ち尽くすということは今までになかった。
なんでだろう?
アフリカの木は、まるで日本の盆栽のように、ぐにゃぐにゃに曲がりくねっている木がほとんどだった。

アフリカの木には、たくさんの大きな鳥の巣がくっついている。
木は木をやり、鳥は鳥をやっている中で育まれた共生関係なんだなあ……。
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言ってみれば、地平線360度すべて、見渡す限りの大地がすべて、巨大な盆栽をやっているような風景だった。
日本人が編み出した盆栽という文化は、人工的に曲がりくねった木を創り出し、その風雨に耐えたような味わいある出で立ちを愛でるという文化。
アフリカの木はそれをわざわざ人工的に創り出さなくても、もともとの木がでっかい盆栽のように既に曲がりくねっていた。厳しい大自然の中で痛めつけられ、ひどい自然環境に押しつぶされる寸前になりながら、それでもなお、木の一本一本が懸命に木をやっている、そんな雰囲気だった。
その生きることに必死になっている姿が、私の目を奪っていることは間違いなかった。
なにか、とんでもない生命力のようなものが、曲がりくねった木々から溢れていたのだ。
だから、私も思わず、意識して見ようと思っているわけでもないのに、その屈しても屈しきらずのような強さが魅力になって周囲に溢れていて、私を魅了しているらしかった。
サバンナを走っている間、私は気付けば目が木に向いていた。
武骨でぐにゃぐにゃで硬くて醜くて、決して都会的な洗練されたフォルムではないというのに、なぜか人目を惹く。
その時に思ったことがあった。
これってニンゲンにも通じるんじゃないの、と。
ニンゲンが一生懸命ニンゲンやっている人は美しい。
なんだか魅力があるなあと思える人、ニンゲンがニンゲンをやっている人。
見た目が美しいというのではなくて、なんだか中から溢れる生命力を持っているような人。
私も願わくば……。
自分が魅力的なニンゲンでありたいと思えば、それはきっと自分が自分をやっている瞬間なんだろうなあと思った。
普段の生活で“オトナの良識”というものに押し潰されそうになりながらも、一生懸命働いたお金でサルサという趣味を持ち、自分の感情の赴くままに踊る。
あれが、サルサの会場で踊る人々をあそこまで生命力をみなぎらせる理由になっているんだろうなあと思った。
サルサの会場にいた人達は、どことなくアフリカの木に重なって見えた。
どんな状況にあっても、自分自身を取り戻せる場を持っていられる人達はシアワセだなあと思った。
アタマで考えた行動じゃなくて、内なるココロで感じたことをそのまま行動にしている時が、一番ヒトはパワーを発揮できるんじゃないのかなあとも思った。
サルサはテンポが速い。
少しでもアタマで考えようとすると、足がついていかなくなる。
昨日のレッスンでも先生に手を取られながら、私はアタマを空っぽにして一生懸命踊った。
相変わらず梅雨空はどんよりとしているけれど、1時間のレッスンの後、気持ちは晴れ渡っていた。
“オトナの良識”の中で自分を見失いそうになっても、いつまでも自分の魂の叫びだけはなくさないようにしなくっちゃなあと思った。
そうでなければ、アフリカの木になれないもの。
レッスン後に飲んだビールは、格別に美味しかった。
頑張ってうまくなって、サルサパーティーでまた弾けるぞっと。