

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2003-07-11 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
商売にはいろんなやり方があるなあと、世界中を歩いてきて改めて思うのだけれど、中でも日本のやり方というのは群を抜いて“丁寧”、言葉を換えて言えば、相手の本音が誠に見えにくいと思うことがよくある。

南米ボリビアの青空両替所。
陸路で大陸を縦横断すると、台一つでなんとも暢気に両替業をやっている人々が、必ず国境周辺にいることになっている。
道路を往く車に向かって札びらを振って見せる人、計算機片手に怪しげに声をかけてくる人、数字に弱いブラックアフリカの両替所では、渡した額より多く手渡されて驚いたことがあったっけ。
……一口に両替所と言っても、いろいろだなあ。
↑Click
その例えをよく講演会で喋るのだけれど、しばしば「アフリカなどへ行って強盗とか怖くないんですか?」という質問を受けることがある。
その時に私はこう答える。
「アフリカや南米の強盗っていうのは、もう顔に『強盗です』って書いてあって、だからその手の顔をした人達を自分が避けて通ればいいだけなので、まったく怖くないんですよ」
という意味は、別の言葉で言えば、ニッポン、いや東京は、私にとっては本当に相手の真意が見えにくく、例え強盗でさえも丁寧な笑みを浮かべていそうだから、東京の方がよっぽど怖いというのが私のホンネ。
先日もこんなことがあった。
南米に半年もいると、現地感覚が自分に移ってしまうので、日本に帰ってきた時には、本当に今思うと怖いくらいに“想ったこと”が脳みそを通過せずに口に出てしまうようになっていた(本人は全く悪気はないのだけれど)。
余ったトラベラーズチェックを両替しようと、M銀行高尾支店に入った。
多少いつもよりも混んでいるという感じはあったのだけれど、両替をするのに、1時間10分かかった。
時計の針がぐるりと一周して、プラス10分という時間。
今までのジンセーで、どこの国でやったよりも長く、私の中で“最長”を記録した。
そこで。ココロに想った一言が、言わなくてもいいのに、南米帰りで、つい、脳を通過せずに口に出てしまった。
「いやあ、時間感覚がまるでないアフリカでも、両替に1時間10分もかかったことはなかったなあ……」
行員の女性は、まるで機械仕掛けの人形のようにニッコリと笑い、こう言った。
「お客様、お待たせして大変申し訳ございません」
「いや、別に謝らなくてもいいんですけど、ただ、今まで行った国50ヵ国以上で最高長時間記録だったんで、ちょっとびっくりして、どうしてこの先進国のニッポンでそんなに時間がかかるのかなあと聞いてみたくなったんですけど」
そしてまた、行員の女性は、二度目のハンコ押したような笑顔でこう言った。
「お客様、お待たせして大変申し訳ございません」
「いや、あの……本当に謝らなくていいんですけど、ただ単純に『どーしてそんなに時間がかかるのかなあ』と不思議に思ったんで、その『どーして』が知りたいだけなんですけど……ははっ」
と私は頭をかきながら笑った。
すると、行員さんはまたこう言った。
「お客様、お待たせして大変申し訳ございません」
「いえですから謝る必要は全くなく、ただ私の『どーして?』がこのままだとひっかかったままになってしまうんで」
「お客様、お待たせして大変申し訳ございません」
行員さんは、金太郎飴紋切り型笑顔を崩さないまま、「上司に聞いてきます」と言って席を立った。
ナンカ、私、ヘンなこと言ったっけ? 腕を組みながら考えた。
いや、別に自分のココロに自然に浮かんだ疑問を、解決しようと思っただけなんだから、別に悪いことじゃない。
謝れと言ったわけでもなく、非難したわけでもなく、ただ自分の中の疑問を追求したかっただけなんだから。
女性行員は戻ってきた。
「お客様、お待たせして大変申し訳ございません。近頃、偽トラベラーズチェックが出回っているため、当行においては、あちこち必要な場所にテレックスを打って確認しているため、時間がかかっているとのことでございます」
そこで私はちょっとビックリした。
私はM銀行でトラベラーズチェックを作り、そのまま使わなかったものをそのM銀行に戻しているだけなのだから、発行の時には5分で済み、戻す時には1時間10分なんて、なんだかリクツがよくわからない。
違う銀行で両替してもらうなら、少しは話が理解できるのだけれど、同じ銀行に戻すのに、そのチェックがニセかどうか確認しなければならないなんて、奇妙な話だなあ……。
そこで。またつい口が滑った。ちなみに付け加えておくが、南米帰りの脳天気な私には一切、悪気はなかった。
「でも……私、この銀行で買ったものを、この銀行に戻しているだけなので、もし後でニセかどうかさんざん確認しなきゃならないようだったら、最初から売らなければいいじゃないですか。ははははっっ」
私は、まったくのジョーダンのつもりだった。
私がその瞬間に頭の中で予想した反応は、行員の彼女の方も「ははははっ」と笑ってくれて、「でもここはニッポンなんだから仕方ないじゃないですかっ!ははははっ」と言われると思った。
が、反応は全く違った。
相変わらず、金太郎飴型笑顔を1mmも崩さないまま、彼女はまた爽やかスマイルでこう言った。
「お客様、申し訳ございません」
私はちょっと、気味悪くなった。何が怖いって、彼女がいったい何を考えているのか全くわからないところに、異常な不気味さを感じてしまったのだ。
そして彼女は、何かを私に差し出した。
「お客様、些少ですが、これ、お持ち帰り下さい」
出されたものを見たら、ティッシュの箱と、キティーちゃんのミニタオルだった。
私はうろたえた。
別にキティーちゃんのミニタオルをくれなくても、ティッシュを私に渡そうとしなくても、それは私にとってはどうでもよくて、私はただニンゲン対ニンゲンのフツーのコミュニケーションがしたかっただけ、なんだけどなあ……。
私にとっては、空を掴むような不気味な笑顔よりも、むしろ「お姉さん、一言余計なんですよ。ニッポンのシステムはいずれにしてもそうなっているんだから、しょうがないじゃないですか!」または「だっていろんな人達のハンコが銀行方式では必要なんですよ!」とプンプン怒られた方が、よっぽど気持ち的にはすっきりするんだけどなあ……。
キティーちゃんのミニタオルは、とりあえず頂くのを遠慮した。
その分、次回、またトラベラーズチェックを両替する時に、もうちょっとだけ、少なくともアフリカの両替所よりは早いスピードで作業をしてもらえたら、私はうれしいということを、とりあえず、その行員さんには伝えておいた。
それが、私が南米から帰ってきて初めて、ニッポンに受けたカルチャーショックだった。
それにしても、あの笑顔。
私は帰り道、彼女が日々の仕事の中で相当なストレスをため込んでいることを想像した。
自分が自分らしくいられれば、それだけでストレスなんてない、はず。
けれど。どうしても、社会の掟の中で、または日本の慣習の中で、“個”を徹底的に卑屈なまでに殺さねばならないのは、本当に誰にとっても辛いことだな、と思った。
ニッポンは仕事人としては、本当に世界でトップクラスの“丁寧”なところだ、と思う。
会社というところは、電話が鳴ればワンコールで出るし、担当者がいない場合のコールバックは瞬時になされるし、ちょっとでも何かにミスがあれば上の行員さん同様、ひたすら“謝罪”がなされるし、本当に凄い。
私の知る限り、他の国で、そんなところは見たことがない。
けれど。
逆に考えれば、ニッポンで仕事人をやっていくというのは、それくらい大変だということ。
例え、自分が次の企画を懸命に考えている時であっても、お客さんからの電話が入れば一旦思考を停止して丁重に対応せねばならないし、今日はもう疲れたからこの電話は明日にしようと思っていても、その疲れた体を押してコールバックしなければならないし、全くミスが自分のせいでなかったとしても、相手がお客さんとなれば、卑屈なくらいに謝らなければならない。
海外の航空会社に慣れていて、久しぶりに全日空に乗ったら、女性乗務員達が最初にする挨拶の際、お辞儀の角度が全員一緒だったのにも、私は北朝鮮のマスゲームを見たくらいの驚きがあった。また年賀状に始まりお歳暮まで、取引先には必ず挨拶状を欠かさないという儀礼と、そこに費やす労力の多さも、日本特有だなあとよく思う。
いつの時代も若者は「あんな疲れ切ったオトナになりたくない」と言うけれど、管理職にいるオトナはそんな若者たちを「世間知らずで甘すぎる。社会人としてなっとらん!」と言う。
私は今、近所の大学生といろいろな話をし、そして自分は仕事をする社会人になり、そのどっちの言い分もよくわかるなあと想う年になった。
じゃ、どういう状態が、ヒトが一番ストレスを抱え込まないで済む社会なのかなあ。
上の銀行での出来事をきっかけに、近頃なんとはなしにそういうことを考えるようになった。
(次回に続く)