

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2003-06-06 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
だんだんいろんな事に忙しくなってくると、私は全てをいったん切ってみる癖がある。
なぜなら、忙しいと視野狭窄に陥ってきて、いろんな物事がよく見えなくなってくるから。
ヒトは“生活実感”のようなものを無くすと、本当にいろんな事がオカシクなってくる。
だから、例え仕事に追われていても、時々、一見“ムダ”にも見える時間を過ごすことが実はとても大事だということが、今までの経験から感じていること。
というわけで、先週は仕事をさっさと片付け、伊豆七島行きの船に飛び乗った。
東京から高速船で二時間半。
式根島は東京であるはずなのに、まるで違う空気が流れていた。
一言で言えば「ナニもナイ」。島全体が冬眠中という感じ。
でもそれは、私が東京のスピード感が体に染み込みすぎてしまっているからで、逆に言えば私のいろんな「物事を感じる力」が麻痺してしまっているという証拠。これは自分の感覚復活トレーニングにちょうどいい。
この冬眠中の島に、一体自分が何を感じることができるのか。ワクワクしながら、島内を歩き始めた。
辺りの木々はちょうどサクランボが実を付け始めた頃。私は道端にはみ出た桜の木から、その一つをつまんで口に含んだ。甘い。時間は午後の3時。ちょうどいいおやつになるなあ……。
「こっちの実の方が、もっと甘いぞ」
ちょうど辺りを通りかかったおじさんが、黒紫色の実をつけた木の下に立って、ぴょんぴょんとジャンプしている。
届きそうなのに、届かない。そこでおじさんは、膝を折り曲げて思いっきりジャンプ!
昔小学生の時に、下敷きに静電気を起こさせて、消しゴムのカスを踊らせたことがあったけれど、おじさんの姿はどことなくその消しゴムのカスの動きに似ていた。
枝の一つがおじさんの手につかまった。おじさんが私にその実を手渡してくれる。
蓑虫くらいの大きさで、小さな実がたくさん葡萄のようにくっついたその実は、クワ。
バニラアイスクリームの上にとろりとかけたらとても似合いそうな上品な甘さが、口いっぱいに広がる。
おじさんが夢中になって木の下で跳ねるのを真似して、私もぴょんぴょんと垂直飛びをした。
とりあえず手の届く範囲のクワの実を食べ尽くした頃、私の小腹もちょうど一杯になった。
私は東京生まれ。育ったところは山陽地方なのだけれど、中学生の時には東京に戻ってきていたから、お恥ずかしながら自然のことはあまり知らない都会っ子。おやつはスーパーで買うもんだとはなから信じ切っている節がある。
だから余計、道端の可愛らしい木の実でお腹を一杯にできるという事実に、なんだか嬉しくなってしまった。
スキップをしながら、キャンプ場へと向かう。
先客が一組み。どうやら結構長く式根島に滞在しているらしく、テントが二つ張ってあり、外には、海を思う存分眺められる位置にゴザが敷いてある。
「ま、こちらがダイニング。テントの一つは、別宅と言いますか、食料庫と言いますか……」
その家主である50才くらいのお兄さんは、そう言ってハッハッハと豪快に笑った。
私もテントという休日用の家をそこに建てた。
潮風の香りが鼻をくすぐる。私は夕食の材料を買いに、スーパーへ行った。
ビニール袋をぶらぶらさせて帰ると、その50才くらいのお兄さんは、ダイブスーツに着替えているところだった。
「いや、夕食をちょっと捕まえてこようかと思ってね……」
釣りでもしに行くのかと思って見ていたら、お兄さんは銛(もり)を持って桟橋に向かった。
そしておよそ30分後……。体長70cmほどもあるでっかいカンパチを二枚も捕まえて帰ってきた。
天然物のカンパチ。東京の感覚で言えば、市場でも売値3万円くらいになるんではないかという高級魚が二匹。
私は銛を片手に同伴の女性にそのでっかいカンパチを渡すお兄さんを見ながら、思った。
30分で3万円×2匹。
そして心の中でこっそり計算した。このお兄さんは、時給6万円のシゴトをしてきたことになる。
こんなスゴイ仕事、都心の水商売でも、滅多にあるものではない。
私は勝手に、その50才くらいのお兄さんを、カンパチさんと呼ばせてもらうことにした。
同伴の女性が、キラキラと光る出刃包丁をもって、ウロコを取り始めた。
近所のネコたちがぞろぞろと集まってきた。
私は、スーパーで買った野菜の残飯をネコにあげようとした。
ネコは見向きもしなかった。私はネコが食べようともしないものを食べようとしているのかとちょっと落ち込んだ。
カンパチさんの隣で並んでおこぼれを待つネコ達の最後尾に、私も期待に胸を膨らませて並んだ。
カンパチさんは、とれたてのカンパチの脂の乗った部位10切を私にくれた。
カンパチさんのおかげで近所のネコたちも相当贅沢になっているらしく、皮やら骨のところには一切手をつけようとしない。ひたすら身の部分待ち。
島へ行ってスーパーで食材をわざわざおカネを出して買っていた私は、もしかしたらネコ以下だったのかもしれないと、がっくりきた。
カンパチさんは、明日葉の葉っぱをきれいにお皿に盛りつけると、ぷりぷりのお刺身をその上に乗っけた。
空は真っ赤。夕日が海に落ちていく。
カンパチさんと同伴の女性は、外に敷かれたゴザの上に二人で並んで座りながら、「いただきます」と手を合わせ、夕食を取り始めた。雄大な海を前にして、とってきたばかりの刺身での夕食。
毎日カンパチさん達が何を食べているのか、私はネコのように観察することにした。
ある日は、生ダコ。またある日は、炭火で焼いたエイ。毎日違った天然ものの魚をたっぷりと食べていた。
「ほら、良い物を食べて長生きしないと遊べなくなっちゃうから。あんまりヘンなものを食べていると、体悪くするでしょ。オレはいつまでも遊んでいたいから、天然ものの良質食材を食べることにしているわけ」
私はスーパーで買ってきた食材でカレーを作っていた。
式根島のスーパーは、人の往来が極端に少ないせいか、需要と供給の関係で食材が目が飛び出るほど高い。
キャベツは一個410円。パンも期限切れのものは当たり前。
ブタ肉を見た時も、私は最初黒豚かと勘違いしたくらいに、とても新鮮とはいえないものだった。
けれど。
どうやって自分のゴハンを海からとっていいのかわからない現代人の私は、スーパーに頼るしかなかった。
原始人のように自分のゴハンを得る術を知っているカンパチさんは、売価6万円の食材を悠々と食べている。
まるで降参だった。
家はテントだけれど、真っ青な空と海に囲まれた環境の中で新鮮な食材を口にしているその光景は、これ以上の贅沢はないというくらいに贅沢に見えた。
カンパチさんカップルは、毎日毎日来る日も来る日も、海に浮かんで遊んでいた。
そして御飯の時間になると、カンパチさんは銛を使って最高の夕食を捕ってくる。
ここしばらく、コマネズミのように働いていた私はなんだったんだろうと考え込んでしまった。
そこで、カンパチさんに、仕事は何をしている人なのか、聞いてみた。
東京でアパートの管理人をしている、と言っていた。
彼らのあまりにも悠々とした笑顔と行動を見ていたら、「ゼータクな生活」という言葉の意味を再考してしまった。
今東京は、不況という波にあえいでいる。
前は夜7時までだった近所のスーパーも、少しでも稼ぎを上げるためにと開店時間を夜の22時にまで延長した。
企業も、生産効率を上げるために必死だから、企業内研修も営業能力を上げるための講座を連発しているとの話。
しかし。果たしてこれが、私達の生活の質を上げることにつながっているのか。
これはいつも疑問に思っていた。
だって、スーパーが例え22時まで開いていても、人間の食べる量、つまり食料を購入する量は変わらないわけだから、光熱費と人件費が増えるだけであんまり意味がないのではないか、と。
視野狭窄的に、近視眼的に考えれば、少しでも売り上げを伸ばすことは意味があるのかもしれない。
けれど。もっと広い視野に立てば、実は全く意味のないことなのではないか、と。
夜、テントに潜り込みながら思った。
会社にリストラされたお父さんには、書類を作る能力はあるけれど、残念ながらカンパチさんのような技はない。
だから、書類を作るシゴトが減ると、お給料も減って生活が苦しくなる。
今の私だってそう。現金なしで島に放り出されたら、たぶん生きていけない。
せいぜいネコと一緒に、カンパチさんの御馳走の余りをもらう順番待ちをするしかない。
ということは。
企業研修も、売り上げを上げるための営業研修をして無理に小金獲得に勤しむよりも、いっそのこと、カンパチさんのような人に、自分のゴハンを得る技を教わる講座にした方がいい。
ここ数年フリーターが激増中とネガティブな捉え方で新聞に載るけれど、時々私はフリーターの何が悪いのかと思う時がある。最低限必要な現金のためにフリーター仕事をこなし、あと自分が食べるのに本当に必要な御飯は、自分の“手”で捕ってこられるよう、技を磨く。それでいいじゃないか、と。
そしたら企業も、自分の“手”でゴハンを捕ってこられる社員が増えれば、給料支払いのための利益獲得に躍起になる必要もなくなるし、それよりもあっさりとリストラをして、人件費の圧縮ができる。
企業のお父さんはお父さんで、自分の“手”でゴハンを捕る術さえ持っていれば、リストラされるのも全く怖くなくなるし、なにはおいてもカンパチさんのような最高の「環境ゼータク」ができるかもしれないのだ。
翌日。私もカンパチさんを見習い、自分のエサを自分で取れるようなヒトになろうと、釣りの練習をした。
取れたのは、お煎餅サイズのスズメダイ。

こちらが本日の夕食。上からムロアジ、タカベ、メジナ
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それでも十分、今日の自分の御飯が得られたのはうれしかったのだけれど、地元の漁師さんに笑われた。
「こんなちっちゃいのは、この島じゃネコ用だ。あんたが釣ったそれはうちのネコにやるから、その代わりにこのでっかいメジナを持っていきな」
そして、数人分はありそうな大きなメジナをもらった。
八丈島出身の人に、島の食の話を聞いた。
「そうね、よく亀の甲羅を鍋にして、みそ汁を作ってたわ」
「ナマコ、食べたことあるよね?でも乾燥ナマコじゃないよ。生、ナマのナマコ、これが旨いんだから。ぬおっと口の中全体に張り付く触感がたまらなくやみつきになるもんなんだよ」
凄いなあと思った。食べてみたいと思ったけれど、ふと自分のことを振り返ると、どうやって亀やらナマコやらを捕っていいのか、その方法がわからない。
オトナになってもまだまだ勉強すべきことはある。そう思ったら、なんだか楽しい気分になった。
式根島、地元の人の時間感覚にだって、私は本当にびっくりした。
たまたま荷物を送ろうと、集荷代理店になっているガソリンスタンドを訪ね、朝何時からやっているかを訊いた。
するとそこのおじさんは、言った。
「まあ、たいてい4時半くらいから開いているよ」
私は耳を疑った。再度確認すると、確かに朝の4時半からやっていると、それをごく当たり前のように仰る。
新聞屋さんじゃないのに、朝の4時半からやっているガソリンスタンド。
島には車はほとんど走っていないのに……私は脳みそがこんがらがった。
そして訪問中に出逢ったカメラ好きのおじさんは、購入したてのデジカメを指さしながらこう言っていた。
「デジカメができてから、便利になったなあ。前はだいたい4月くらいにお店にフィルム現像をお願いして、あがってきたのが8月だったから、それと比べればデジカメは格段に早い。早すぎる」
東京都内で現像に出せば、早ければ2時間くらいであがってくるから、フィルム現像の時間のスピードで言えば、式根島は、東京都内の1488倍ののんびりさで時間が動いている計算になる。
猛烈な時間スピードの中でいろんな感覚が不感症的に麻痺した私には、島が冬眠しているように見えていた。
けれど、島は島の時間感覚の中で、海の中も、陸の上も、ちゃんと動いていた。
東京の感覚で、島を見てはいけないんだよなあ……。
と。ここまで書いておいて、今気付いた。
いけない、式根島も、住所は東京だったんだ。
だって、桟橋でのんびり釣りをしているおじさん達の車のナンバーは、すべて「品川」になっていたもんなあ。
いろんなところがあるな。本当に世界は広い。自分の知らない世界がいっぱいある。
東京の感覚で全てのものを見てはいけないなあと思った、束の間の休日。
仕事の忙しさの中で、今まで目の前をビュンビュン通り過ぎていたものが、式根島のおかげで一つ一つ、輪郭さえくっきり見えてきたような感じさえした。(次回に続く)