

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2003-03-21 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
(前回に続く)
遊ぶとなれば、その時の一瞬一瞬を目一杯楽しもうとするチリの人々。
いい年をした大人だというのに、チリ人のイタズラのアイディアは、まったくもって子ども以上に凄かった。
乗船した船では、その日の夜、船上パーティーが行われることになっていた。
船に乗っていたみんなの行動がそわそわし始め、奇妙な現象が起き始めた。
船の扉という扉をあけて、ほうきを探している人がいる。
カバンの中からバスタオルを引っ張り出して、お尻に巻き付けている人がいる。口紅を塗っているおばさんは、鏡を見ながらそれをやっているというのに、なぜか口紅が、口裂け女も真っ青になるくらい、はみ出していた。
……一体、何がはじまるんだ?……
私がキョロキョロしていると、隣にいたおばさんが、「あなた、そんなところでボーっとしていてはダメよ」といった雰囲気で、私を階下に連れて行った。
すると。
そこでは、夜のパーティーに備えて、「振り付け」の練習が行われていた。
7才の女の子から、頭の禿げ上がった78才のおじいさんまで。
もともとは、お互いに知り合いでもなんでもなかったはずなのに、みんなまるで学校の文化祭の出し物を準備しているように、真剣な顔をして「手の振り方」を決めているのだった。
そこに集まっていた人達は、「白組」の人々だった。
どうやら、今夜予定されているパーティーは、「白組」と「空色組」対抗で、得点がつけられるらしい。
仕事で真剣になるのなら理解もできるのだけれど、いい年をした大人が、自分のチームを勝たせるために、目を爛々と輝かせて準備をしているのだから、可笑しかった。
日本で例えて言うなら、子どもの運動会に親が参加して、自分の子どもが自分のチームを応援しているのが全く眼中に入らないくらいに、親の方がムキになって、自分が属しているチームを応援しているという感じ。
そのためなら、御飯を食べるのも忘れる。
そのためなら、あらゆるアイディアを絞り出す。
そのためなら、自分の持っているあらゆるモノを供出する。
親のムキになっている姿に子どもの方が置いて行かれて、傍らで泣いているという状態。
「お父さん、もともとは、僕の学校の僕のチームなんだから、僕以上に楽しまないでくれよ。それよりも、僕を遠くから優しく見守っていてくれよ」と子どもが言いたくなるような状態だった。
実際、あまりにも必死になって応援歌の振り付けを練習しているお母さんの傍で、生まれたばかりの赤ちゃんが泣いていた。お母さんは、それでも目を三角にして、白組のための応援歌を声を張り上げて歌っていた。
日本でだったら、母親としてなってない!と周りの人が注意でもしそうなものなのに、びっくりしたことに、それに気付いた別の人が赤ちゃんを抱き寄せると、赤ちゃんの手足を一緒に持って踊り始めた。
すると、赤ちゃんもやっぱりラテンの血が入っているのか、ぴたっと泣きやみ笑い始めた。
78才のおじいちゃんまでが、拳を振り上げて応援歌を盛り上げているのだから、本当に可笑しかった。
ワールドカップじゃないのに、オリンピックじゃないのに、ただ乗り合わせた庶民船で開催されるパーティーなだけなのに、老若男女入り乱れて、必死。ヒッシの汗が吹き飛ぶ。
船内には何百人という人がいる。
それだけいれば、踊りが上手な人だっているし、指揮を執るのが得意な人もいるし、書記に向いている人もいる。
赤の他人だった人達が、今夜のパーティーで空色組に勝つという目的のために、それぞれが勝手な意見を言い、なんとなくみんなが良いと思った方向で話がまとまっていくのだった。
おじいさんがそんな長い文句は覚えられないというと、誰かがメモ役をかって出る。
振り付けがうまくいかないとなれば、踊り上手な人が自然に出てきて、こうすればいいわと提案する。
とりあえず、チリの人々の間には、謙虚とか、恥じらいとか、遠慮という言葉は存在していないように思えた。
喧々囂々しながらも、自然に応援歌が決まっていくのが不思議だった。
私も最初は静観してチリの人々の行動を冷静に見ていたのだけれど、いつのまにかその勢いに引きずり込まれて中学や高校の文化祭のような盛り上がりを楽しむようになっていた。
「ねえ、私達が白組だってわかるように、なんかマークになるようなものを体に付けられないかしら……」
誰かが提案した。
今度はみんな、腕組みをしてウンウンと考える。
数分後、誰かが言った。
「そうだ!船の座席についているカバーをみんなで頭にかぶっちゃえば?」
場は瞬時に反応した。
「それは最高だ!素晴らしいアイディアだ!」
みんな、バタバタと座席に戻ると、座席の頭のところについていた枕カバーをはずして、頭にかぶった。
パーティーは夜八時、船底で行われることになっていた。
7時半頃から船内は落ち着かない雰囲気になってきたのだけれど、その時の船内の光景はそんじょそこらのコミック漫画よりも凄かった。
白組の総勢80人余りが、シャワーキャップならぬ、真っ白な座席の枕カバーを頭にかぶって船内をウロウロし始めたのだ。
学生が飲んだ勢いでそれをやるのならわかる。
子どもがイタズラでそれをやるのならわかる。
なのに。
ここは、飲んでもいない、オトナ達がそれをやってみせるのだ。
おじいちゃんやおばあちゃんまでが、真っ白な枕カバーを頭にかぶって、満面の笑みを浮かべて嬉しそうにしているのだから、私は腰を抜かした。
「あなたもかぶりなさい!」と言われて、私もでっかい枕カバーを頭にかぶって、髪をその中にしまい込んだ。
ちなみに、チリの船では、一応座席はあるのだけれど、座席が狭いと感じる人達は、自分が持参した寝袋に潜り込んで通路にまるでアザラシのように転がって寝ている。
ちなみにJRの車両の中で、いくら座席が狭いと感じる人がいても、通路に寝転がっている人はいない。
というよりも、もしそんなことをしたら、お行儀が悪すぎますとたしなめられる。
けれど、ここの場合は、他人に迷惑をかけない限り、何をしても自由、らしかった。
確かに、通路に寝ていても、こちらはそれをまたげば通れないことはないし、船上アテンダントの人達も何を言うでもなく、気にもかけていないという感じだった。
私としては、トイレに行く時に毎回、可愛い寝顔をして寝ているお兄さんの顔の上をまたぐというのにどうも気後れしていたのだけれど、お兄さんの方は何百人という人達にまたがれようが、体の端っこを踏みつけられようが、我関せず。連日遊び疲れて熟睡していたらしいお兄さん達も、パーティーが始まるという雰囲気に続々と起き始めた。
トイレの中からは、さっきまで血眼でホウキを探していたお姉さんが、魔女の格好をして出てきた。
バスタオルで予行演習をしていたお兄さんは、全裸になり、バスタオルだけをお尻に巻いてオムツのように仕立て上げ、本当の赤ちゃんから、オシャブリを拝借してハイハイをしたまま、会場に現れた。
70才は超えていると思われるおばあさんは、誰かが履いていたロングスカートを拝借し、それを超ミニにして、ティーンエイジャーの自分に仮装し、わざわざ持ってきたらしいカツラを頭にかぶっている。
遊びのためなら、死んだっていいのよ!
遊びのためなら、家から重い仮装衣装を持ってくることくらいなんでもないのよ!
遊びのためなら、倒れるまでエネルギーを使い尽くすわよ!
という雰囲気がそこここに漂っている。

お互い見知らぬ他人同士なのに、どう示し合わせたのか、
みんな仮装衣装を持ってきているなんて……
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じゃ、昔、仕事のために死んでしまった日本人はどうなるのだ???と頭の片隅で思ってしまった私は、隣にいたおばさんにその気持ちを説明しようとしたのだけれど、全く理解できないといった顔で眉間に皺を寄せられた。
パーティーは、実にどうでもいい対抗試合の連続だった。
参加者は、船に乗り合わせた「白組」と「空色組」。
審査員席は、船のスタッフ+船長。
船の管理一切をしていなければならない船長までが、ニヤニヤしたまま壇上に現れたのだからまたびっくりした。
枕カバーを頭にかぶった白組が「ブランコ(白)!ブランコ!」と声を張り上げれば、空色組が「アズル(青)!アズル!」と手足付きで応援歌を叫ぶ。
でも、ゲームは本当にそこいらに転がっているモノを駆使した単純なゲームだった。
白組と空色組がそれぞれカップルを壇上に上げる。
そして始まるのは、あごに挟んだリンゴをお互いに手をつかわないで何回受け渡しをできるかというゲーム。
また別の二人組が壇上に出てきたと思ったら、風船をお互いの体に挟んで、お互いの抱擁で短時間でいくつの風船が割れるかというゲーム。
……と。壇上に白組青空組からそれぞれ一人ずつの男性が飛び出してきた。
一人は78才のチリ人のおじいちゃん。
一人は25才の飛び入りイギリス人青年。
派手な音楽と共に始まったのは、「胸毛自慢大会」だった。
おじいちゃんは、白くなった胸毛を「こちらの方が年期が入っていていい!」と主張すれば、イギリス人の青年は「僕の方が美しいに決まってる!」と叫ぶ。
78才のおじいさんが、あまりにも堂々と自分の胸毛を切ない表情で撫でている姿に、私は飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。おじいちゃんがそれを真剣にやるというところが、なんとも可笑しいのだ。

78才のおじいさんが、臆することなく、胸毛大会に堂々と出場する
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私は最初、あまりのどうでもいいゲームの連続に、すごく冷めた目で会場のみんなを見ていたはずだったのに、気付いた時には、自分もキャアキャア言いながら、手の指の間から、半身裸の二人の男性を喜んで見ていたのだから、まったく人間というのは質が悪い。
女性の太股自慢大会に至っては、両チームとも、決して単なる「足の綺麗な人」を壇上には上げない。
丸々と太ったおばさんや、おばあちゃんを壇上に上げて、それをみんなで楽しんでしまうのだ。
外国人だろうが、年齢がいっていようが、関係なし。
実際に太股が綺麗であるかどうかは、全くどうでもいい話らしく、いかに会場の雰囲気を盛り上げたかどうかが得点に直結するらしい。
仮装大会では、さきほどまで念入りの準備をしていた人が登場した。
空色組は、魔女のお姉ちゃん。
白組は、バスタオルを体に巻いた「オジサン赤ちゃん」。
この戦いでは、白組が得点を上げた。
赤ちゃんのことを、スペイン語の俗語でグアグアと言うのだけれど、このおじさんは、このゲームの結果、船の中でMrグアグアというあだ名がつけられ、一躍人気者となった。

「オジサン赤ちゃん」は、年も忘れて真剣に舞台の上をハイハイしているのだから、たまらない
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次はダンス大会。
ミニスカートとカツラでティーンエイジャー風に着飾ったおばあさんが、会場で見つけたおじいさんを引っ張り出して、一緒にタンゴを踊る。
怖いくらいに目を爛々とさせた女性が、ロックンロールに汗を吹き飛ばす。
そこまで真剣に遊ばなくても……とそれを見て私はまた思ってしまったのだけれど、彼らにとっては真剣に遊ぶことこそがあらゆる他のことよりも大事なことらしかった。そして、ここでまた、大きな展開があった。
それまで審査員席で、ニヤニヤしながらその成り行きを見守っていた船長が、壇上に踊り出したのだ。
制服をきちっと着て、ネクタイを締めた船長は、場の拍手を手招きでさらに盛り上げた後、ネクタイをぱあっとはずした。そして制服の襟元をセクシーに開いた。
と、その瞬間、船長はもうすっかり船長を辞めてしまって、乗客のお姉ちゃんと汗を流して一緒に踊る、ただのヒトになってしまった。

船長さん(右側)までが、こんなにムキになってお客さんと一緒になって踊ってしまうのだ
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そんな船長を見守る観客から、とんでもない台詞が飛ぶ。
実際の唇の形をかなりはみ出して口に紅を塗った50代のおばさんが、そんな船長に向かって「船長、センチョーーーー!かっこいいわ!愛してるーっっっ!愛してるっっ!」
そう言って、おばさんが唇を突き出すと、また会場全体がみんなで一緒になって喜ぶ。
船会社主催のパーティーだと聞いていたので、船上スタッフはサービスとして仕方なしにお客さんにその夜を付き合うのかと私は想像していたのだけれど、とんでもなかった。
乗客以上に、今度は船上スタッフがその場を楽しみ始めてしまったのだ。
「センチョーッ!あんまり楽しみすぎて、私達の船を沈没させないでねーっっ!!」
それは全くその通り。
あれだけスタッフが一緒になってお客さんと一緒に楽しまれてしまうと、逆に心配になる。
と、船長はこう切り返す。
「これだけバカ騒ぎをしていたら、もちろん、沈没するに決まってますよーっっ!」
そこでまた、笑いの渦。
サービスをする側が、それをお仕事と割り切って、気味の悪い作り笑いと一緒にサービスをするのではなく、サービスをしている本人もそれを心から楽しんでいる上でお客さんにするサービスは、本当に爽やかだった。
と同時に、チリは、仕事と遊びがまだ一致している、幸せな時代の中にあるんだなあと思った。
パーティーは、白組が勝利を収めた。
けれど、実際、それはどうでもいいことだった。
大事だったのは、とにかく休暇で同じ船に乗り合わせた人々が、同じ瞬間を精一杯楽しむということだった。
そういう意味で、彼らは人生を楽しむ天才だなあと思った。
白組と空色組の決着が着いた後も、乗船客は遊びのためなら一瞬の時間も無駄にできないといった感じで、踊り続けた。
タンゴから50年代風ロックンロール、テクノまで。
乗り合わせている人は、子どもからおじいちゃんまでが乗っているから、それぞれの世代に合わせた音楽が順番に鳴り響く。
フォークダンスのように手をつないで踊り惚けたかと思ったら、そのうち、みんな汽車ポッポをするように一列になり始めた。しばらくは会場内をぐるぐる回っていたものの、そのうち先頭にいた人がイタズラ心を起こしたらしい。50人前後がつながった列はそのままダンス会場を抜け出して、歌い踊ったまま、汽車ポッポをしたまま、船中、レストランから、バー、乗客席までを巡回した。
ピッピッピピ、ピー!ピッピッピピ、ピー!
汽車ポッポ軍団は、気が済むまで、船内を巡回中。中途半端にそれをやられても、きっと私は冷めた目で、どうしてこの人達はこんなどうでもいいことで心から楽しめるのだろうと思っていたかもしれないのだけれど、それがあまりにも徹底しているので、人なつこいチリの人達に手を取られるままにその列に参加し、私も手足をバタバタさせたまま、船内を巡回した。
いい大人が一生懸命に遊んでいたチリの庶民船。
あんなにムキになって遊ばなくてもいいのに……と思っていたはず私は、あのどうでもいい遊びの虜になってしまった。遊ぶってことは、お金を使わなくてもアイディア一つでできる。日本にいた時に、お金がないから遊べないなあと、鬱屈していた時の自分を考えると、本当にバカバカしい考えだなあと思った次第。
一応、勤勉を美徳とする国ニッポンに育っていた私は、「一体今まで何をやっていたんだろう?」と思ってしまったわけだった。
毎晩、夜中の二時まで連日続いた、どうでもいい遊び。
そして最初はそれを斜めに見て傍観していたにもかかわらず、最後には、彼らを見上げていた自分。
本当は氷河を見に行くために乗船したはずだったのだけれど、私が一番ショックを受けたのは、氷河でも風景でもなく、そこに乗船していたチリの人達のモノの考え方だった。
お金がなくても年を取っていても、条件に関わらず「人生を楽しむ」ことは考え方一つで誰にでもできる。
その「遊び方」がどんなにどうでもいいことだったとしても、同じ時間を過ごすなら、嘆いて過ごすより、楽しんで過ごした方がいいに決まっている。
それはお金をかけることでもない、特別なものを用意することでもない。
ただ、リンゴや、ホウキや、バスタオルだけで、そこまで楽しめるということを、氷河船を見に行く庶民船が教えてくれたことは、私の日本への何よりのお土産になったのだった。