

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2003-02-28 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
ある日、私はサンラファエロという氷河を見に行った。
チリ・パタゴニアのチャカブコという港から、二泊一日の船旅。
夜の8時に港を出港して、翌々日の朝に戻ってくるということになっていたので、船の中に二泊で中一日。

船内の夜のパーティーの様子。毎晩二時まで、10代から70代の人々が一緒くたになって懸命に遊ぶ。
いい大人がそんなムキになって遊ぶなんて……それこそが、ラテンの人々なのだ。
↑Click
ビデオクリップもご覧下さい
※MPEG4を再生できるアプリケーションが必要です。
RealOne Player 2,QuickTime Player 6など
港には、外国人客専用の高級船も停まっていたのだけれど、私は懐が少し寂しくなっていたこともあって、NAVIMAGという会社が運営する庶民船に乗り込むことにした。
目的は、生まれて初めての氷河を見に行くこと。
が。そこで私を待ち受けていたのは、全く別のカルチャーショックだった。
「氷河」に驚く以上に、「現地の人々」に驚いた。
彼らと短い時間を共にしながら、彼らは、人生を楽しむ天才だなあと思い始めたのだ。
チリの人々が非常に明るく、親しみやすい人々だというのは、友人からもよく聞いていた。
確かに。
町に行くと必ずあるHospidaje(日本で言う民宿)では、どこの馬の骨だかわからない旅人を、パスポートの提示もなしに、宿帳への記入も一切しないまま、簡単に自分の家の一室に宿泊させてくれる。
台所に入れさせないという雰囲気も全くなし。それどころか、居間も一緒に使ってよし。お茶を沸かしたければ、ガスレンジも勝手に使って下さい。さすがに、家族の人が「私達はこれから外出してくるので、あと、よろしくね」とまだ私の名前も知らないうちに家を出ていってしまった時にはさすがに面食らった。
しかも。家族は3人。そこに8人の南米縦断バスのメンバーがお世話になっているという状態。
いくらなんでも、家族3人の一つの家に、その三倍の数の外国人がわさわさとやってきて、泊めて下さいと言ったら、さすがに躊躇もするというのが日本の感覚だと思うのだけれど、チリの感覚では別に気になることではないらしい。
もし私が犯罪者だったり、家財道具を盗もうと考えていたらいったいどうするんだろうと、こっちの方が心配になってしまうのだけれど、身元を全く確認しないところを見ると、そんなことを心配する方が無駄、であるらしい。
今までいろんな場所を旅したけれど、こんなに外から来た人にオープンなのは、チリが初めてだった。
Hospidajeのおばさんは、こちらがスペイン語ができるできないに関わらず、一方的にスペイン語を喋ってきて、甲斐甲斐しく世話をやいてくれる。やれ、「部屋に干してあった洗濯物、ストーブの上に干して置いたよ」だとか、「部屋に食料が置いてあったから、食器がいるんじゃないかと思って運んでおいたよ」などなど。
そんなチリのオープンさは、旅する側にとっては、本当にありがたいことだった。
オープンといえば、感情のオープンさで、私はラジオのサッカー生中継を聞きながらよく絶句していた。
日本だったら、ゴールの瞬間を伝える時、アナウンサーはなるべく分かり易く簡潔に視聴者にそれを伝えるのが仕事であるから、せいぜいその興奮を伝えるにしても、「やりました!ゴールです!」と文節短く解説されるところが、チリの放送では、往々にして、視聴者は「アナウンサーの興奮」を視聴させられるといった感じが強い。
ある時、チリのチームがパラグアイのチームより先に得点を上げた瞬間、私はその放送を聞いていて、とんでもない絶叫にタクシーの座席からずり落ちそうになった。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオル!」
こっちが息苦しくなってくるほどの雄叫びが、スピーカーを突き破るように流れてきたのだ。
これを最初に聞いた時には、このアナウンサーだけが特別なんだと思っていたのだけれど、驚いたことに他のアナウンサーも全員、これに近かった。
ボールが入った瞬間には「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオル!」
入りそうになると「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオ!」
アナウンサーは、最後の酸素を吐き出しきるまで、「オオオオオオ」や「アアアアアア」を続ける。
ある時、秒針で測ってみた。22秒。
それはまるで遠くに飛んでいったボールが曲線を描くかのような、抑揚のある声。それが電波を独占する。
そしてボールが惜しくも入らなかった時には、スピーカーから怒りとも悲しみともつかない鼻息が、フンッ、フンッと激しく聞こえてくる。
おいおい、解説者くん、君が一番楽しんでどうする!と、冷静沈着な放送こそを良しとする文化に育った私としては言いたくもなるのだけれど、慣れてしまえばこちらの方が人間味が感じられて、解説者の興奮のおこぼれを頂いているような楽しさを味わえるのだから、実に不思議だった。
さて、話は元に戻って……。
私達は氷河を見に行く船の中。
ここでも、船内アナウンスが行われていた。
明日の出航時間、そして航路、船内設備についての解説が、極めて真面目に行われていた。
私は食事を食べながら、適当に聞き流していた。ほかのチリ人乗客も、ごく普通に食事を取っている。
……と。突然スピーカーからヘンな声が流れてきた。
くっ、くっ、くっ。ぷぷぷぷ……。ぷはっ、ぷはっ。
ン? 私はそこで思わず顔を上げた。他の乗客はくすくす笑っている。
その音はしばらく、笑いを堪えているようにも聞こえていた。が、そのうち、それは炸裂した。
いーっひっひっっひ。わっはっは。ぶわーっはっは。
小さな船、言い換えれば家族的な船なら、スピーカーから笑い声が聞こえていても、なんとも思わなかっただろう。
けれど、私が乗っていたのは、300人をも乗せた大型船。
日本で例えて言うなら、朝の通勤で人を満載にしたJRの車両の中。スピーカーからなんともふざけた、極めて個人的、かつふざけた笑いが聞こえてきて、それが船内中に響き渡ったのだ。
どうやら、放送係と船長が悪ふざけをし、それがそのまま放送になって伝わっていたらしい。
私はその瞬間、とっさに怒らなければならない、と思った。
なぜなら、JRで、同じことを車掌さんがやったら、乗客は口を揃えて彼を咄嗟に首にしろ、あんなふざけた仕事をする奴は即刻失職だ!と抗議するに違いなかったからだった。
が。ここはやっぱりチリだった。乗客も一斉に一緒になって笑い出したのである。
私はその瞬間、あんなふざけた放送は許されないものだと信じていた、ただの日本人だったことを悟った。
小学校の放送委員会で、昼の給食の時、学校のお知らせ原稿を友達が読んでいた時。
机の上にあった小さな消しゴムがなにかの拍子に机から落ち、彼の上履きの上でぴたっと立った。
なのに、彼はひたすら真面目に原稿を読み続けなければならない。
それが脇で見ていて可笑しくてたまらなくなり、さらには、笑ってはいけないというその状況がさらに可笑しさに拍車をかけ、私は声を殺して涙を流して笑った。そのうち、彼もつられて、原稿を読む声が裏返った。
それがまた死ぬほど可笑しくて、もう私はのたうちまわった。
彼が笑いを殺して声が裏返ってしまう度に、上履きの上に乗っかった消しゴムがプルプルと揺れる。
なのに倒れない。もう誰か止めて下さいというくらい、可笑しくて耐えられなかった。
彼はついに、固い原稿を読みながら、ぶはっと吹いてしまった。
うっっうっ、くううううっっっ、うっ、うっ、ううっっ。
狂おしいかみ殺した笑い声が校内中に響き渡った。まずい、と思っているのに、笑いは止まらない。
彼は翌日、先生にこっぴどくしかられ、以来二度と放送原稿を読むことはなくなった。
私は彼に悪いことをしたなあと思ったのだけれど、でも一番悪いのは消しゴムだと、罪を消しゴムになすりつけていた。
まさにチリの船のアナウンスは、そんな状況だった。
学校なら仕事じゃないから、まだ許される余地もあるだろうけれど、ここは仮にもお金を乗客から取って運営されている船の中だった。そのお仕事中、真面目にやっていなければ日本なら怒られるだろう時に、悪ふざけをして大爆笑をするなんて、なんて不届きな!お客様に対して失礼極まりない行為ではないか!
と思ったのは、チリの船の中では私だけ。だったから、逆に度肝を抜かれた。
みんな怒るどころか、一緒になってつられて笑っているのだった。
一本取られた、と思った。そう、考えてみれば、人間、可笑しい時に笑って何が悪い?
春先、JRの扉に体が半分はさまって、ペンギンのように手足をパタパタさせている人がいるけれど、あの姿は客観的に見ればかなり可笑しい。そして、駅員さんに体は押し込まれたものの、靴が脱げてしまってまるでシンデレラのように片方の靴がホームにわびしく残されている光景も見たことがあるけれど、あれもかなり可笑しい。
けれど、あの時周りは誰も笑っていなかった。
みんな我慢していたのか?と不思議なのだけれど、やっぱりそういう場合、日本では笑ってはいけない。
JRの車内放送をしている車掌さんにだって、何かの拍子にそういう可笑しい状況、例えば風で窓から帽子が飛んでいってしまったとか、車内放送をしている途中に自分の鼻の頭に蝿が止まったとか、何かはあると思うのだけれど、「次は新宿、新宿……お降りの方は傘などのお忘れもののないよう、お願い申し上げます……くっくっ、ぷっ、頭の上に蝿が、いや、こらっ、蝿、こらあっちへ行きなさい、ぷっ、ははは、あっはっは」なんて放送を聞いたことがないところからすれば、私達の国、日本は、かなりいろいろ我慢をしすぎているのではないか、と思ってしまう。
笑いは、身体の免疫能力を高めるという医学博士の論文を読んだことがある。
そんなにいい効果があるというのに、さらに、笑いは周囲の人を楽しくするというのに、それを我慢しなければならないというのは、理にかなっていないばかりか、健康にも悪い。
思いがけず、チリの船内放送に響いた笑いに、咄嗟にそれは良くないと反応してしまった自分を見、そしてそう思う人がチリでは皆無に等しかったことは、なんだか頭を殴られたくらいの驚きを私に感じさせたのだった。