

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2003-01-24 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
陸路で旅をする。
それは、その場所の素晴らしい部分にも、醜い部分にも触れる旅。
いつもそうなのだけれど、文句なしに快適な場所にいた時のことは、案外さっさと忘れてしまうというのに、大変だった場所のことは、後になればなるほど甘く想い出されるもの。

南米縦断バス車内に舞う砂埃に完全武装。
なんだか強盗集団みたいだなあ……。↑Click
あのホテルは三日も水が出なくて、コップ一杯のミネラルウォーターで全身を洗ったよなあ……。
そういえば、あの民宿のベッドにはダニがたくさんいて、全身の肌が凸凹になったよなあ……。
あの町の角にはいつも強盗らしき人がウロウロしていて、這い蹲るようにしてホテルに戻ったよなあ……。
印象深い場所のことは、そこにあった草木のことから、テレビの形、カーペットの模様まで克明に覚えているのだから、実に不思議。後で想い出してイヤな気分になるかといったら決してそんなことはなく、いつまでも忘れられない想い出となって、私を楽しませてくれる。そういう意味では、大変なことは決してマイナスばかりではないんだよなあと、よく思う。
ボリビアの悪路は、まさにその類のものだった。
南米縦断バスは世界最大の塩湖ウユニに向けて走っていた。ボリビアは交通インフラが全く整っていないので、幹線道路でさえボコボコの未舗装。
ただでさえ南米縦断の三分の一を終え、歪みができている私達のバスは、扉の隙間からもうもうの砂埃が入り込み、車内はスモークをたいたように真っ白。
全員、大慌てで布きれを口に巻いた。
道は完全に洗濯板。サメの歯を平面にしたような道を走っているバスは、まるでポップコーンのように道の上を跳ね上がる。それにつられて、私の体ももんどり打ってサッカーボール一個分座席から宙に舞う。
体に響く小刻みな震動に、全身がマッサージベルトにかかった時のように痒くなり、思わず掻きむしる。
ガガガガガガガ。耳に聞こえてくるのは、鼓膜をつんざく騒音のみ。
というのも、私達のバスはキッチンやテーブルをつけて改造してあるので、悪路に入ればそこに置いてあるアルミの食器からガス台までが狂ったように踊り出し、とんでもない音を爆発させる。
あまりの劣悪な環境にどんなに根を上げたくなっても、人生と一緒でいったん進
み始めてしまった道を後戻りするわけにはいかない。南米縦断バスは南米を縦断するためにあるのだから、とにかくそこを乗り切るしか他に方法はなし。背後に一切道はなしと自分に言い聞かせ、ススメ!ススメ!とバスにハッパをかけるのみ。
その車内の状態をしいて例えるなら、電動椅子に腰掛けた状態でそのまま洗濯機の脱水槽に入れられて、スイッチを押されたような感じ。
その中をじっと耐える。みんな黙ってじっと耐える。
晴れの日があれば雨の日きて、また晴れるのを黙って待つように、私達はその悪路が過ぎ去るのをじっと待つ。
なんだか、大陸にまっすぐに通る一本の道を自分の車で旅をするというのは、人生に似ている。
いい道もあれば悪い道もある。私達にできるのは、その環境を素直に受け入れて、それが過ぎ去るのをただ何も考えずに堪え忍ぶだけ。
ジタバタしても仕方がない。相手は「それしかない」道。そこを通り過ぎるしか方法はないのだから。
今までも何度かいろんな種類の劣悪な環境というものを体験してきた。
その度にいつも決まって自分に同じ現象が起
きる。
それは耐え難い環境をいかに自分の中に吸収していくか、という過程。
自分を別の自分が客観的に観察しているのだけれど、これが結構面白い。
最初は、必ずといっていいほどその環境にジタバタし、一人勝手に憤慨する。
どうしてこんな道なのだ!ボリビア政府はこれをなんとかしようとしないのかい!?
そうして苛立った気持ちで地図を広げる。地図上で進んでいるのは、たったの1cm。
あとどれほどこんな悪路が続くんだろう……。ふーっとため息をつきながら、気持ちの中に「イライラ虫」が何万匹を騒ぎ出すのを感じる。
焦る気を押さえながら、頭の中で距離の計算。このスピードだと、夜中まで走っても目的地に着けない。
辺りは人っ子一人いない荒野。
私達のバスは、えんえんともう5時間もその荒野を走っているのに、車にすれ違うどころか人の影さえ見ない。
そうなると、実はこの世界は、今車に乗っている私達8人だけしか生きていないんじゃないかという奇妙な錯覚さえ起き始める。その感じは月面にたった8人で放り出されたようでもあり、今まで自分がいた町という場所は、
自分の生前の世界だったんじゃないかなんていうとんでもない妄想さえ頭の中に湧いてくるのだ。
日本にいて「予定」に基づいて全てが動いていく世の中で育った私としては、先の「予定」が全く見えない悪路に放り出されると、精神的にも結構辛い。その気を紛らわすのに、静かなバスだったら本でも読めるのだけれど、ボリビアの悪路はあまりに私達の車を激震させるので、何もできやしない。
ただじっと、座席の上で胡座をかいて前を見続ける。
でもそれにも限界がきた時……私の場合は、とりあえず寝る。
いったん寝てみて、再び目が覚めた時に違う世界が窓の外に広がっているといいなという願いを込めて。
ところが。
ボリビアの壮大な自然はそんなことを易々としてくれるほど、甘くはなかった。
時計を見たら、さらに2時間が経過していた。
なのに、バスは悲鳴にも聞こえるエンジン音で悪路を走り続けているまま。
風景はちっとも変わらず。荒野は私達に思い知れと言わんばかりの迫力で、窓に映り込んでいる。
目が生理的に窓の方を向くのに拒否反応を示した。
とにかく。
なんでもいいから、私達をこの孤独荒野から早く連れ出してください。
目を開けていると、現実が目に飛び込んできて辛いので、とりあえずまた目をつむる。
ステファンはもう8時間あまり、口もきかずに、黙々と仙人のように運転を続けたまま。
ぶむっ。鈍い音と共にバスがぬかるみに落ち込んだ。
はたと自分が眠っていたことに気付き、目を覚ますと、まだバスは先へ先へと走っていた。
月面世界の9時間め。相変わらず人影はなし。
私はもしかしたら、天国行きの銀河鉄道999に乗っているんじゃなかろうか。
その瞬間、これが永遠に続くんじゃないかと思ってぞっとするのだ。
もうため息もでなくなった。気が遠くなりすぎて、どこかへ行ってしまった。
とにかく流れに身を任せていることしかできることはなく、起きているのは苦痛なので、また寝た。
そして再々度目を覚ます。すると、バスはまだ荒野の中を走っている……。
わああああああっっっっ。ムンクの「叫び」の心境だった。
と、その頃。自分の中の何かが変わるのを感じた。
今まで気持ちを占領していたのは、イライ
ラ虫だけだったというのに、ある瞬間突然イライラ虫が死に絶えた。
その代わりに顔を出したのは、善玉「アキラメ虫」。
奇妙なことに実に穏やかな気分が芽生え、「どうにでもなって下さい。合掌」という静かな気持ちに変わった。
地図を引っ張り出して距離の計算をしていた時は、自分の立てた「予定」に執着があった証拠。
その後、あまりにも変わらない風景に耐え難く、寝るという行動に逃げていた頃は、壁を越える一歩手前。
それが過ぎると、「ハイ、どうにでもなって下さい。合掌」。
「アキラメ虫」の登場は、無我の境地、言い換えれば運を天に任せるという謙虚な気持ちか。
それはまた別の言い方をすれば、とんでもない開き直り。
片一方で全てを投げ捨て、「どうにでもなって下さい」と思っていながら、もう一方で「でもどうにかなる。絶対にどうにかなる」という何の根拠もない奇妙な自信が生まれている。
もう自分で何をしようと思っても、何にあがいてみても、どうにもならない。
先がどうなるかなんてそれさえ考えたくないし、というよりも、考える必要もないじゃないか。
だから、、御飯食べて息をして強盗に気を付けて、ほんの少し車が前進しているだけでもういいじゃん!
あとは自分を信じているだけ。だから「どうにかなる」。
そう、「アキラメ虫」が気持ちの中にもぞもぞと出てきた瞬間から、気持ちがふーっと楽になる。
そこからは、一切の焦りもなくなり、ただ窓に流れる風景を穏やかに見ていられるようになる。
もうもうの砂埃、想像を超える凸凹の道路もただ静かに観察できるようになり、それまでジタバタしていた自分がうそのようにいなくなる。
「ああ、そこに砂埃と凸凹道があるなあ……」と事実だけを認める素直な気持ちに生まれ変わった時、気付いたらその環境に見事に適応している自分がいた。
「アキラメ虫」は悪玉ではない。
それからさらに3時間、何も見えない夜闇の中に、星のように光る町の灯りが見えてきた時、気持ちの中にもう「アキラメ虫」しかいなくなっていた私の目に、町は本当に愛おしい、ありがたいもののように映ったのだった。
その時の心境は、ただ静かに「無事だったことを感謝したくなった」という感覚。
途中御飯も食べず、休憩もせず、本当に大変だった行程も、「アキラメ虫」のお陰で後半は実に穏やかだった。やっと探したホテルにたどり着きベッドに潜り込む頃、「アキラメ虫」も気持ちの中から静かに姿を消していた。
(次回に続く)