

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2003-01-03 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
私は毎日アマゾンジャングルをてくてくと歩き回っていた。
本当に多種多様な植物が入り乱れている。
ある時は「絞め殺しの木 strangler fig」に遭遇した。

上:これが世にも恐ろしい絞め殺しの木。中が空洞になっているのが見えるかな?
下:こちらが幹の内部に入って上を見上げた図。
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幹とも蔓ともつかない複雑な凸凹を表皮に帯びた木は、よく見ると中が空っぽだった。
ビクター青年に言われるまま、割れ目から中に入ると、その中は大人4人が入れる巨大な空洞になっていた。
木の表面が削れてしまった木は見たことがあるけれど、木の表面だけを残して中味がまるでない木を見るのは生まれて初めてのこと。ビクターの説明によれば、この空洞になっている部分にちょうどぴったり収まる大木が昔はあったのだ、と。ケーキの型抜きに例えれば、型はあるのに肝心のケーキがなくなってしまったような。
「つまり現在、型のようになって生えている木が、もともとここにあった大木を食ってしまったんですね」
なんとも壮絶な木の物語だった。
根がなんらかの理由で痛んで、倒れる木の話は聞いたことがあるけれど、絞め殺しの木は大木を空中から攻める。まず、風に乗って運ばれてきた一粒の種子が、数十メートルはあろうかという大木の天辺の枝に宿る。そこで大木の養分を吸いながら芽を出し、小さな蔓を育て、最初はその大木とうまく共存しているかのようにみせかける。
細い蔓が地表と大木をつなげば、動物が木に登りやすくなるわけで、そうすると大木の方も自分の種を動物がより遠くに運んでくれるわけだから、お互いに都合のいい共生関係ができている、というわけ。
が。だからといって大木がそこで油断をしていると大間違い。
絞め殺しの木は、自分の芽を安定させた後、今度は大木を囲うようにしながら蔓を伸ばしていく。
それもゆっくりと、太く長く、そして全方向に蔓を張っていく。
それはちょうど、アイスクリームが溶けだして、360度全方向にクリームを落としていくような感じ。
細く長く地表まで伸びた蔓は次第に太さを付け始め、大木はまるで鎧兜で全身を覆われたように身動き一つできなくなる。光合成どころか、二酸化炭素も吸えないような状態になって、最後は絞め殺されてしまうのだ。
天敵に養分の全てを捧げてしまった木は、絞め殺しの木の中で腐り、大きな空洞だけが残るということだった。
どういう経緯があるのか、絞め殺しの木は大木にしか住み着かないのだから、これまた自然のミステリー。
思えば、自然界での生存競争はいつも頭から食べられる。
よく見ていると、鳥が魚をつかまえる時にも、まず脇っ腹からくちばしで捕まえた後、もう一度くわえなおして頭からガブリといく。カマキリだってそう。生物に共通する本能なのか、たいてい捕まえられた虫は頭から食べられているような気がする。
さて。これを人間の世界に置き換えるなら?
企業のM&Aがそう。でっかく成長して大木になったところで、ひょいっと幹部クラスにアプローチしてきた新進気鋭の成長企業にいつのまにか食われて、売り飛ばされてしまうことはざら。
人間界でも生存競争の戦術においては、相手に自分が利用されていることを感じ取らせずに頭部に寄生し、時間を経てそこを根こそぎ自分のものにするという方法は、歴史上でもしょっちゅう繰り返されてきたこと。
なんでも大木になってしまったものは、組織が大きい分だけ、どこかにスキができるものらしい。
絞め殺しの木はそこに宿るのだ。
織田信長にとっては、明智光秀が絞め殺しの木。
ローマの武将シーザーにとっては、自分の手下が絞め殺しの木。
ヒトの世界でも、大木になりすぎると、そこには大木が気付かぬうちに絞め殺しの木が宿ってしまうものらしい。
南米といえば、一千万人とも言われる人々を宿していたインカ大帝国が、探検家ピサロを中心とするたった150人のスペイン人に征服され、1532年に滅びた場所で知られるところ。
ちょうどピサロがやってくる三十年ほど前が、インカ帝国の絶頂期にあった頃。
インカ皇帝は、私が今移動中の南米縦断のルートをほぼ完全に網羅するくらいの巨大な帝国を作り上げた。
だからもう、アマゾンジャングルで言えば、太陽光は独り占め、周りの雑草の養分など食い尽くしてしまうほどの、怖いものなしの大木に成長したはずだった。ジャングルは全てその大木のためにあった。インカ皇帝も自分が食われる可能性がゼロではないことなど、すっかり忘れていたに違いない。
けれど。大木は成長すれば成長するほど、自分の目の届く範囲が限られてきてしまった。
大木の天辺に、自分を征服しようとしている小さな種が乗っかっていたのに、気付かなかった。
インカ帝国幹部貴族の王女が、こともあろうに自分たちを征服しようとしているス
ペイン陣営の一人に恋をしていることなど、ただでさえ侵入者との戦いに忙しい大木は知る由もなかった。
もし、管理が行き届く程度の大きさの国だったら、侵入者に恋をした王女をすぐに追放することができたのかもしれないのだけれど、北はエクアドル、南はチリまで広範囲を統括しなければならなかった大木は、絞め殺しの木の種が芽を出していることなど、全く気付かなかった。
相手を食べる時は頭から食べるのが自然界の通例。
スペイン陣営はインカ帝国の「頭」にアプローチした。
真実はわからないが、俗に言われている説によると、スペイン陣営にいた青年を愛してしまった王女に、絞め殺しの木は居場所を作った。そして細い蔓を作り、彼女と皮肉な共生関係を保ちながら、彼女はどんどんその青年に愛を募らせていった。
ある時、彼女はインカ帝国の重要な秘密を全て、愛する彼に打ち明けてしまった。
大木は活動に必要な光合成を行う枝葉を、すべて天敵・絞め殺しの木の手に握られた。
そこから絞め殺しの木は勢いにのって大木を包囲、インカ帝国は絞め殺しの木の蔓に身動き一つできなくなって、あっという間に滅び去った……。
と、話をここで終わらせてしまうと、なんだかあまりにもシビアな現実のお話で完結してしまうのだけれど、自然界では、絞め殺しの木が勝利しているままでは終わっていなかった。
アマゾンジャングルで見たものは、そんな簡単には話を終わらせてくれなかった。
大きな絞め殺しの木が、さらに大きな絞め殺しの木に絞め殺されそうになっているのを、目の当たりにした。
大木になればなるほど、よその生命に狙われる。
絞め殺しの木はそんな大木を狙って、養分を全て自分のものにして滅ぼす。
その段階で、絞め殺しの木は、もともとあった大木よりも一回り大きな木になっている。
そこでやっぱり、大木になればなるほど、よその生命に狙われるという原理が働く。
勝利を収めたはずの巨大な絞め殺しの木の天辺に、別の絞め殺しの種が生命を宿す。
それが前・絞め殺しの木を滅ぼす頃には、さらに大きさを増している。
三重四重の戦いを繰り返してしまった木は、最初はしっかりしていた蔓も次第にぐちゃぐちゃに絡まりあって木としての高さを保っていることができなくなり、
倒れかかる。すると他の高い木に阻まれて、栄華を誇っていた絞め殺しの木は太陽光を受けることができなくなり、勢いは風前の灯火となり……。
この話の続きは、永遠に終わりがなくただひたすらぐるぐると回り続けるのだ。
絞め殺しの木に絞め殺されそうになっている木を見た時には、なんだかため息が出た。
必ずしも強い遺伝子だけが生き残るとは限らないんだなあという実例を、生で見せられた気がした。
そういえば、テレビでも似たようなシーンを見たことがあった。
ハーレムを持っているオスライオンに、別のオスがそのハーレムを奪おうと戦いを挑んでいる瞬間があった。
二匹ともそれはそれは強そうで、優秀な遺伝子を持っていることがうかがえる。
その二匹が全神経を集中させて、どちらがそのハーレムの主人になれるかを競っているのだ。
ところが、彼らがそちらに気を取られている間に、ひょろっと弱々しい、劣性遺伝子とも言えそうなオスライオンが登場し、ハーレムの中のメスと交尾をしてしまったのだ。
優性遺伝子を持っているライオンは、正攻法で生存競争を賭けた戦いを挑む。
でもそれと同時に、劣性遺伝子を持っているライオンは、彼なりの知恵を駆使して自分の遺伝子を残そうとする。
すごいなあ……と思った。人間やっている私も、足るを知った上で、その自分の立場なりの知恵を駆使すれば、道は必ず拓けるものなんだと教えてもらった気がした。
絞め殺しの木は、いつか自分が絞め殺される可能性があることもわかった上で、相手を絞め殺して生き延びる。
でもそれができない木は、殺人アリを自分の身に宿して生き延びる。
または、大木の下に隠れるように、こっそり生き延びる木があってもいい。
ただ大事なのは、自分がその多様な世界の中のどこにいて、どんな知恵を駆使できるかを知っておく必要があるということ。
どれが良くてどれが悪いという問題ではなく、そんな多種多様な木があるからジャングルなんだ。
それぞれが、それぞれ分相応の知恵を駆使して生き残っていくんだ。豊かな生命が育まれているアマゾンジャングルを前に、なんだかでっかいチカラのようなものを感じた気がした。
(次回に続く)