

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-12-27 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
ビクター青年の解説を聞くまで、東京育ちの私の目には、アマゾンジャングルは全部まとめて「ただの草むら」か「鬱蒼と生い茂る木立」だった。

左上:これがウォーキングツリー。木に足があるなんて、なんとも不思議。
左下:アマゾン流域の地面に穴を掘って住んでいるタランチュラ(毒蜘蛛)。女性の手ほどもある。
右上:カカオの実は幹から直接生えてくるのだ。
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犬にあまり興味のない人には犬は全部まとめて「犬」。でも興味がある人にとっては、「犬」はチワワだったり柴犬だったり、それこそ私が知らない種が五万と存在し
ているのと同じように、ジャングルの木々は日を重ねて私の目に、分類されて映るようになっていった。
そしてそれらは、ただ科学的な視点で見てみれば「はい、そうですか」で終わってしまうものなのだけれど、そこで頭を使って自分の日常生活との接点を想像してみるのが、ジャングル歩きの楽しさだった。
例えば「歩く木 walking palm」というのがあった。
木が高く高く天にそびえていく、それを支えていくために地下で枝分かれをする根っこがあるというのは、小学生でもなんとなくわかりそうなことなのだけれど、歩く木は、その根っこのような部分が地表にあった。
つまり、上の方で一本だった幹が、地表から1mのところで突然「たこ足」のように分裂しているのだ。
別の言葉で言えば、地表から見える木の形がホウキのようになっていると言えば分かるだろうか。
そしてその「たこ足」の表面は、周囲から触られるのを拒むように棘がいっぱい生えている。
最初私は、根っこが間違えて地表に出てきてしまった木なのかと思った。
根っこなら曲線を描いていてもいいはずだけれど、この「たこ足」はスッとまっすぐに伸びている。
どうしてこんなになってしまったのかしら……。ビクター青年に聞いてみると、彼はこう言った。
「この木は、一定の場所におさまっていないんです。木だけど、歩いて場所を移動するんですよ」
私はなんだかおかしくなって、笑ってしまった。
「人間で言えば、常に新しい牧草を求めて移動する遊牧民みたいなものかな。
ジャングルでは、小さな木は特に、他の大きな木に邪魔されて太陽光が届かずに生き延びられないことがよくあります。そこでこの木は考えた。木だって足を生やして、より太陽光が豊富な場所へ移動すれば良いのだ、と。あまりにも賢いので、学名では哲学者ソクラテスに由来した名前がつけられているんですよ。
どうやらアジアには、ないらしいですね」
目の前でトコトコと歩いてくれれば楽しかったのだけれど、どうやらそうではないようだった。
「でも一年に9cmから11cm、歩くんですよ」
さて、どうやって木が歩くのか?
上部だけ見れば普通の木となんら変わりのない木は、地表から私の胸あたりの部分だけが「たこ足」状になって、全部で二十本ほどに枝分かれをしている。それらをよくよく観察してみると、ある方向にある足が枯れてきている。その代わり、それとは逆方向に、新しい足が伸びてきているのが分かった。
「つまり、この腐りかけの足の部分は、この木にとって居心地の悪い場所。そしてこの新しい足が生えてきている方向へと移動しようとしていて、そこはこの木が太陽光がより豊富にあると判断した場所なんですね」
もちろんその「たこ足」は全方角360度に向かって伸びているので、常に臨機応変に環境変化に対応していくことができる。とにかく、太陽光に遮られた方角の足を枯れさせ、その代わりにもっといい環境がある方向へと足を伸ばしていけばいいという、そういう発想なのだ。
ほほう……と私は感心した。これは人間界そのまま当てはまる知恵である、と。
さて、私事になってしまいますが、私はここ8年ほど、フリーランスという立場でどこの会社にも属さずに仕事を続けている。
個人事業といえば聞こえはいいのだけれど、実際は会社組織という巨大な大木が切磋琢磨をするオシゴト・ジャングルにおいて、常に私はたった一人でしかない、吹けば飛ぶような小さな木。
組織という大木は、しっかりした根と太陽光を得られる高さを確保し、多少の環境変化でも倒れないようになっているけれど、個人という小木はいざという時にとても弱い。
大木(会社組織)は定位置にいながら、あとはより根を広げる、または上に伸びていくために、
一本の幹つまり決まったオシゴトをこなしていくのが宿命なのだろうけれど、個人という小木はそれではあまりにもリスクが大きい。というのも、根っこが大木ほど安定していないばかりか、木の上部に太陽光が当たらないという危険がいつもある。だから定位置で木を固定させてしまえば、つまり臨機応変に対応のできないオシゴトに固定させてしまえば、万が一太陽光が遮られたり環境変化があったりした時に、小木は丸ごとすぐに死んでしまう。
そこで私は可能な限りいろんな種類のオシゴトをやってきた。旅絡みのことを「書いて」「撮って」「喋って」「企てて」、それでオシゴトを成り立たせてきた。
そのうちのどれか一つがあまりうまくいかなくても、別の一つは大丈夫。
歩く木のように、こっちの足の環境がダメになったら、太陽光が見えるあっちへ足を伸ばしていく。
そうすることで、小木は小木なりの、大木とは違うやり方で、生きていくことができるらしかった。大木のように大きくはなれないかもしれないけれど、木丸ごと倒れてしまうこともない。大木はおいそれと移動することができない代わりに、森から飛び出た豊富な葉っぱから太陽光をふんだんに摂ることができる。小木は太陽光に届かない背丈しか持てないかわりに、臨機応変に「たこ足」で太陽光のある場所へと移動できる。
今日本は不況のお陰で、いくつかの大木が倒れてしまって大変だと言われているけれど、そんな時に何かこの「歩く木」の知恵は拝借できるのではないかなあと、思ったのだった。
自然というのは、それぞれの植物動物の関係性の上にあって、いつもその種単独で生きているということはあり得ない。アマゾンジャングルでは、他にも面白い自然の共生関係を見た。
たまたま歩いていた場所で一本だけ生えている植物があったので、触ろうとしたらビクターが素っ頓狂な叫び声をあげた。危ない!!
俗に「殺人アリ」と呼ばれているアリだった。
日本の草むらでよく見かける赤茶色のアリとなんら変わらないのだけれど、5mm程度の小さな体でたまにヒトを殺す。一斉にみんなでヒトに噛みついてショック死させてしまうらしいのだ。
殺人アリは、名前は忘れてしまったのだけれど、ある特殊な植物に寄生しながら生きている。
その植物は一見ごく普通のどこにでも生えていそうな雑草に見えるのだけれど、よく目を凝らしてみると、その茎の部分に無数の穴があり、殺人アリはそこから出たり
入ったりしながらその植物を家にして暮らしていた。
「こんな小さなアリがどうやって人を殺せるわけ?」
私がそう訊ねると、ビクターは、枯れ葉をその植物の上に細かくちぎって落とした。
すると。
それまでは大人しくしていたアリが猛然と活動を始めたのだ。
凄まじい勢いで彼らにとっての不純物、つまりビクターが落とした枯れ葉を退けようとしている。ものの三分もしないうちに、集団になった殺人アリが、枯れ葉をその植物から除去してしまった。
「だから、殺人アリが住むこの植物の周りには、他の植物が生えていないってわけなんだよ」
気味が悪いくらいにその周りだけ植物がない。ビクターの話によると、木でも雑草でも彼らの住居を邪魔するものは、まだ芽のうちに殺人アリの毒を注入され、除去されてしまうのだ、と。
で、その植物は、逆にいえばそんなアリ達に守られて、他の植物に栄養分を摂られてしまうことなく、雑草の多いジャングルの地面で生きていくことができるのだとか。
だからその植物も、本来は本当に弱い、自分一人だったら他の植物に負けて死んでしまう種なのかもしれない。
だから殺人アリを自分の懐に宿すことで、弱さをカバーしているのかもしれない。
ということは、人間界でもそれを応用して、何か自分に強烈な弱点を見つけることがあれば、それをカバーしてくれる種と手を取り合えばいいのだ。
とここまで書いたところで、既に自分も生存本能が自然にそれをやっていることに気付いた。
ちなみに私は、「数字の計算」と「理屈だったこと」「細かいこと」がとんでもなく苦手。
だからか、よくオシゴト手伝ってもらう友達は、コンマ00単位までの細かな計算が好きで弁が立つ。
その代わり、友達にとっては「大雑把」で「訳のわからないことを言う」私が面白いと感じているらしい。
ほうほう、よくできている。
なんてことを、殺人アリを見ながらぼーっと考えていたら、急にお腹の辺りに何かがいるのを感じた。
ビクターは喋り続ける。
「この殺人アリのせいで、フランスから来ていた年輩の女性科学者が亡くなってしまったんですよ」
お腹の表面を歩き回る何かが、背中にまわってきた。
ジクリ!!刺された!!噛まれた!!
「殺人アリは凶暴なので、自分たちの巣の周りの邪魔者のところまで時々ジャンプして飛んでくるんですよ」
Tシャツの上から痛みの原因を必死で潰した。そっと取り出すと、その殺人アリだった。
ジンジンとタバコの火を押しつけたような痛みが走る。アリとは思えない痛さ。
他の仲間に飛びかかられるのを恐れて、慌ててその場を退散した。
ああ……相手が一匹で良かった。集団で襲われていたら、ひとたまりもない。
どうやらアリにとっての私は、共生関係の中になく、ただの外敵だったらしい。
ということは。人間界でいえば、共生関係にない人のところには、むやみに近付きすぎるなということか。
殺人アリに噛まれた傷跡は、その後一週間も赤くなったままだった。
(次回に続く)