

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-11-22 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
玄関先で水まきをしていたカルメンおばさんが、突然、血相を変えて家に飛び込んできた。
「強盗がいるのよ!二人!私は警察を呼ぶから追いかけて!」

カルメンおばさんと、カルメンおばさん宅の役立たずワンちゃん・チッチェ。
犬なんだから強盗を見つけたら飛びかかってくれよなあ……と思いつつも、毎晩おばさんの目を盗んでホットドッグ屋の前かしこまっている姿を見ると、全く憎めなくなってしまうのである。↑Click
私は慌てて駆けだした。
道路の向こう側50mのところに、若い黒人二人組がたらたらと歩いていた。
阿鼻叫喚といったおばさんの声にすぐさま反応した私は10mは短距離走選手のように全力で走ったものの、二人組と目が合った瞬間、Uターンして戻ってきてしまった。
どうしよう、どうしようと思いながら、同じステイ先にいるアメリカ人のジェフに「強盗!」というと、ジェフはしばらく訳がわからないと言った顔で私を見ていたが、そのうちおばさんの血相の変わり具合と、この家で飼っている小さな犬チッチェが家の玄関先だけを猛スピードでクルクル回るだけで、全く役に立っていないことがわかると、ジェフも大慌てで外に出ていった。
どうも肝っ玉が萎んでしまった私は、颯爽と走っていくジェフの後ろ姿を見ながら、「頑張れーっっ!!」と精一杯の応援を送るのが関の山だった。
が、騒ぎが大きくなったことに気付いた強盗二人組はさすがにまずいと思ったのか、路地を折れて消えた。
カルメンおばさんの素っ頓狂な叫び声に気付いた近所の人達も、鉄の棒を持って出てきたが、どうやら徹底的に追いかけるのまでは、二の足を踏んでしまったらしい。
ピストルを持った向かいのビルのガードマンも出てきたのだけれど、瞬時に強盗をとっつかまえるという行動には至らず。
さらに悪いことには、強盗二人組が忽然と消えた路地に、住宅を守っているガードマンもいたというのに、昼寝をしていたらしく、全く気付かなかったという有様。
表に出てきた人々は、とりあえず強盗に襲われたカップルと二言三言喋っていたが、今日は火山灰が凄いということもあって、数分後には何事もなかったかのようにみな家の中へと入っていった。
おばさんもうわずった声で警察に電話するも間に合わず。
家に飼っている犬チッチェも甘える時には可愛らしいのに、いざとなったら興奮して床に足を滑らしながら犬のワルツを踊っているような行動をするだけで、全く役に立ってくれず。
とにかく強盗はまた同じことをするだろうという不安を私達に残したまま、いなくなった。
ここエクアドルの首都にやってきて一ヶ月。
危機管理に関してもかなり地元の感覚に慣れてきたのだけれど、ここは本当に強盗の意味が軽い。
ここに長期滞在をしている旅行者の中で、強盗に遭ったことのない人は50%くらいなんではないかと思う。
今回の事件の経緯はこうだった。
日曜日の午後。住宅街はとにかく人通りがない。
キトの町では、人通りがない場所は歩くなというのが鉄則。
そして夕方6時以降の外出は必ずタクシーを使うよう、また、日曜日など町が静かな時にも、歩いての移動はなるべく避けた方がいいと言われている。
そして狙われる獲物は、確かに外国人は率が高いのだけれど、最近はそれもあまり関係なく、地元の人もその対象になる。
今日もそうだった。
私がステイするLa Nina通りをカップルが歩いていた。
それを獲物として狙った強盗が、住宅街の塀に二人を押しつけ、金品を奪い取ろうと体をまさぐっていたらしい。
それを、たまたま玄関先の水まきをしていたカルメンおばさんが気付き、これは尋常な状態ではないと察して「お巡りさんを呼ぶわよ!ポリス!ポリス!」と大騒ぎをして、結局未遂で終わったらしい。
カップルの女性の方は怖さから泣いていた。
私も、私のような外国人が狙われるのならともかく、地元のごく普通のカップルが狙われたことにびっくりした。
そして。南米の大都市は動物園だなあ……と思った。
どういうことかというと、野放しにされた猛獣が弱そうな小動物を狙う、その構図がここに全く当てはまるから。
日本でなら強盗の意味は大変重いので、やられる側のほとんどに自分がやられるかもしれないという覚悟は全くないと思うのだけれど、ここの場合はほとんどの人に、次は自分が狙われるかもという腹づもりが最初からあるような気がする。
だからこそ、いつもお金は必要最低限しか持たないし、カルメンおばさんも最初私がここにやってきた時に、あなたももし強盗にあったら素直にお金をあげなさいって忠告してくれた。ということは、強盗に遭う確率が極めて高い、そしてその強盗の意味は、日常的に起こるくらい軽いものだっていうことを教えてくれた気がする。
私が住んでいる地区は、結構な昔の邸宅が並んでいる地域。入植白人系の人々がここには多かったのだけれど、以降なかなか立派な邸宅は経済的に管理しきれなくなったという事情も重なり、それらはペンションのような形で外国人が泊まる格好の宿泊施設となっている。
そんな地区に、たぶん約10人ほどの猛獣が徘徊している。
そして弱そうな小動物がたまたま群れがまわりにない時に現れると、猛獣はギャッと小動物に飛びつくのだ。
だから強盗に遭うか遭わないかは、基本的な注意をした上にあとはかなり運も関係してくる。
たまたま自分がここを通ろうと選択した道で、猛獣と鉢合わせをしてしまえば終わりだし、そうじゃなければ全く人通りがなくても何も起きないということになる。
で、一応お巡りさんも、地元の人もその猛獣をモグラたたきのように潰そうとするのだけれど、その猛獣モグラはある時はその地区のこっちの路地、ある時はあっちの路地に出没するので、叩ききれない。
そして一つの猛獣モグラをノックアウトしても、すぐまた次が出てくるので、あとはもう弱小動物の側が自分の身を守るために一瞬のスキも見せない、そして運を天に任せるということをやるのみ、ていうのがここの掟。
だから、私は歩いて1分のインターネットカフェにパソコンを持って行くときも、すごい集中力を周囲に払いながら足を進める。
最初に玄関先に立ち、見える限りの範囲に誰もいないことを確認してから、カフェに入る。
帰りも然り。誰かがいたら、その人が立ち去るのを待つ。
でももし、路地の次の角から不意に猛獣モグラが現れて鉢合わせをしてしまったら……。
食われちゃうかもしれない。
ジンセーはサバイバル。なんとも緊張感のある毎日を私は送っている。
夜。今晩も銃声を4発聞いた。
都会ジャングルで、小動物は猛獣モグラを威嚇し続けている。
(次回に続く)