

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-11-01 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
実は今ちょっぴり落ち込んでいる。
というのも、昨日学校帰りに小さな交通事故に遭い、膝を痛めた。
まあ幸運にも大事には至らず、筋をひねっただけだったのだけれど、道路を横切る時にすばしっこく動き回らなければならないエクアドルの交通事情では、膝が痛くて走れない状態というのは、ちょっとキケン。

バスは乗車口を開けたまま、もの凄い勢いで走ってくる。
心なしか前輪が少し浮いて見えるのも、凄まじいスピードのせいなのかと納得(笑)。
町中でカメラを取り出すのは治安上どうも気が引け、おじさんまで一緒に写ってしまったのだけれど、失敬!↑Click
早く帰って今日も宿題をやらなくちゃと気が急いていたせいか、パン屋さんで買ったコッペパンを握りしめ、小走りに交差点を横切ろうとした。右側に車が止まっていたのがわかっていて、その前を横切ろうとしたのだけれど、道路の片側しか見ていなかったおばさん運転手は、私が歩いてきたのに気付かず、そのままアクセルを踏んだ。
急発進しようとした車のバンパーが私の膝にめり込み、一瞬足が360度曲がってしまったかと思った。けれど、そこで踏ん張らなかった(というか、車相手に踏ん張れなかった)私の体は、そのままボンネットに乗っかった。数m進んだところでおばさんは私にぶつかったことに気付き、やっと車を止めたというわけだった。
何が私を落ち込ませたって、その時の「周囲の状況」だった。
しばらく歩けずにしゃがみ込んでしまったのだけれど、不注意だったおばさんの方に逆に怒鳴られ、おばさんはそのままアクセルを踏み込んであっという間に去ってしまい、道を挟んだ向こう側のバス待ちの人々には傍観されているだけで、なんだか足が痛いのよりも、見知らぬ国での孤立感から気持ちが痛くなってしまったのだ。
ステイ先で、カルメンおばさんに足を冷やしてもらいながら、久しぶりにいろんな事を考えてしまった。
私は昔から、どんな奥地へ行っても病気はほとんどしないのに、普通の町やリゾート地でケガにやられる運命にあるらしく、アフリカに長くいても決してマ
ラリアに罹らないのに、タイの有名リゾート地で猛毒クラゲに刺されて片腕を失いそうになったり、ハンググライダーをやって顔面で着地をしてしまったり、いつも整形外科御用達。それにしてもあのおばさんの形相は怖かったよなあ……と思い出しながら、腫れた膝をさすっていた。
途上国はいつも、車が「偉い」。なぜならば、社会を牛耳っている富裕層のシンボル的持ち物が「車」だから、掟も慣習も力関係の強い方を基準にできているので、どうしても車は威張ってしまうのだ。
だからここの交通事情も本当に凄い。
歩いている人に道を譲るということはほとんどないので、もたもたしていると轢かれてサイナラ。
社会システムとして弱者を法で守るという部分が確立されていないので、自分の身は自分で守らねばならない、そういう意味では甘えは許されない、なんともサバイバルな世界なのである。
と書くと、じゃ、なんでそんなところに好き好んで出掛けていくのだ??と疑問を持たれそうなのだけれど、ここが実に不思議な隠し味。道を歩いている時にさえ気が抜けないところにいるものだから、夜寝る時にはなにか、「今日も一日よく頑張ったなあ……」という奇妙な充実感が気持ちに湧き上がってくるのである。
大通りを道路脇に止めてある車を蹴散らす勢いで走っていく公共バス。これを見ていても、いやあ凄い。
「バス停」なんてキチンとしたものはなく、交差点の角がなんとなくの公認のバス停になっている。
だから乗りたい人は、人差し指を斜め下に降ろして合図して、乗せてもらう。といっても、バスは完全に止まってくれるほど甘くはないので、乗りたい人はバスがスピードを落としたのに合わせて助走をして飛び乗る。
でも降りる時はかなり便利。やっぱりキチンとしたバス停がないが故、なんとなくここで降りたいなあと思ったらとりあえず、交差点ならどこでも止まってくれるというわけ。
動いたままのバスにピョンピョンと次々に人が飛び乗り、またピョンピョンと次から次に人がバスからこぼれ落ちてくる光景は、磁石にくっつく砂鉄を観察しているようで、なんとも愉快。
少々のものをこぼしても少々のものを拾えなくても、とにかく前進!前進!という勢いが、バスや車に象徴されるように社会全体の勢いになっていて、だからこそ「これから!」の途上国独特の生命力のようなものが、そこここに漂っている。そこが「完成された」日本と違うなあと、ふと思う。
先日もエクアドルの国営放送を見ていて、気になったことがあった。
自殺した夫婦のニュースを、延々と5分も放映していたのだ。
「これから!」の世界では、自殺はビッグニュースになってしまうらしい。
カルメンおばさんに日本ではどうかと訊かれ、日本じゃ自殺者数は年々増加し、今じゃ年間3万人を超えているからニュースにもならないと言ったら、おばさんは眼を丸くしていた。
あまりにもみんなが「生きることに必死」だから、ここに自殺を考えるヒマは一秒もないんじゃないかと思った。
轢かれないように必死で道を歩く。国が良くなるように若者達は必死で大統領選に向けての活動をする。必死で恋愛をする。だから必死で自分以外の女性のところに殴り込みにいく。
なんて熱いのだ……。
そしてその「必死の勢い」についついていけなくなった私が、まんまと事故に遭ったのだ。
私ももう少し、ここでしばらくやっていくために勢いを取り戻さねばと思い、肉でも食べようとカルメンおばさん宅の未完成的ガス台に火をつけた。
途端……。真っ青な火柱が天井まで上がった。
ガス大爆発、ならぬガス小爆発。茫然自失。どうやらガスが漏れていたらしい。
未完成な社会では、台所でも気を抜いてはいけなかったのだ。だってここは「これから!」の場所なのだから。
おばさんは、なんてことはないという顔をして、ガス台のスイッチを引っこ抜いた。
本当についていない日だった。もう全てをやめて、眠ることにしよう。
落ち込んでいるはずなのに、爽快感を感じるのが不思議だった。スポーツでベストを尽くした後、疲れと共に湧き上がる爽快感にも似ているような……。夢の中で、緊張感のある日常を離れてなんとも幸せそうに寝ている自分を、もう一人の自分が俯瞰しているのを、私は笑いを堪えながら観察していた。
(次回に続く)