

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-10-24 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
先日、食堂で昼の定食を食べながら、とんでもない番組を見てしまった。
画面の中で号泣していた女性が突然つかつか歩き出すと、向かいにいた男性に、その顔が一瞬よじれるほどの凄まじい往復ビンタを喰らわせたのだ。ことはそれだけでは終わらず、泣き咽ぶ女性が男性に拳を振り上げると男性は女性の髪を掴んで応酬し、二人は慌てて飛び出してきた警備員に取り押さえることとなった。その間約数十秒、ヤラセではとてもできない迫力に、私はスプーンを動かす手も止めて、テレビを見入ってしまった。

めくるめく男女の愛は、古今東西悩ましいものだなあ……。
キトでデートスポットになっているパネシージョの丘。
カップルを見下ろしながら、聖母は何を思っている?!↑Click
世界中どこでも、オトコとオンナの関係は一筋縄ではいかないものだけれど、特にここラテンアメリカの男女関係は日本人の私にとって、その激しさ、そして複雑さでは眼を見張るものがある。
例えば。結婚して一緒に生活しているけれど、籍は入れていない。でも、子どもは父の子ということで戸籍管理されている、なんていう話をよく聞く。または、20代後半で独身だと言っている男性は、戸籍上は確かに独身かもしれないけれど、ほぼ間違いなくどこかに子どもがいる、という話を聞いたのも一度や二度ではない。
「南米の男性の口は、事実とは別に動くようにできている」と女性達が口を揃えて言えば、私が今いるステイ先のカルメンおばさんまで、「そうね、ここは男性が本当に浮気性だから、妻は愛人を見つけた場合は必ず殴りに行くわよ。そういう場合、ここの女性達は容赦しないの。遊び人の旦那に数発パンチ、なんてのはごく普通。時には愛人を殺しかねないわよ」。日本はどう?と聞かれ、旦那を殴る妻と殴らない妻のどっちが多いかと言われれば、たぶん殴らない妻の方が多いと思うと言うと、おばさんは信じられないという顔をして目を丸くした。
以前、南米から日本に留学に来ていた男の子が、日本人の彼女は、ケンカをしてもお皿が飛んでこないので本当に驚いたと言っていたけれど、先のテレビ番組もカルメンおばさんの言葉を納得させるには十分だった。
どうやらテロップを読んでいる限りでは、旦那が妻の元友達と浮気をしてしまい、公開討論で番組が行われているらしかった。
マッチョな警備員に肩を押さえられた二人が、とりあえず席について激しい言い合いをしばらくした後、今度は浮気相手の張本人がスタジオに登場した。
妻は警備員の手を振り払い、歩いてきた愛人に馬乗りになると、髪の毛を掴んで彼女を憎々しげに見つめ、それを小馬鹿にしたように見つめる愛人が妻を殴り返すと、スタジオは感情という収拾のつかない生き物が暴れ回るプロレス会場のようになってしまった。それをまた、体格のいい警備員が間に割って入って取り押さえる。私はあまりの凄まじさに全身に鳥肌を立てながらも、笑うべき番組なのか、一緒に哀しむ番組なのかよくわからなくなり、ただ生々しい感情がなんのオブラートにもくるまれずに炸裂している光景に、あんぐりと口を開いていた。
今度は愛人と旦那が一緒になって、妻の欠点を攻め始めた。妻はまた激しく泣き叫び、会場にいたお母さんを呼んだ。お母さんは娘を思うあまり、つかつかとスタジオの真ん中に出てきた途端、愛人の腕にいきなり噛みついた。お母さんはわんわん泣きながら、哀しい嗚咽を旦那に向けている。旦那は相変わらず言い訳を並べ、どうして自分が浮気をするようになったのか、それは妻の生活に問題があったからだと糾弾し、隣にいる愛人と一心同体となって自分の正当性を主張し続けた。
と。そこで、テレビ局が独自にどこかから入手してきた隠しビデオが流された。
実は旦那が信じ切っていたその愛人に、別の恋人がいることをビデオが証明してしまったのだ。
それまでは愛人と一緒になって妻とその母を攻めていた旦那が、そのビデオ放映の後、嘘のようにそれまでの勢いが失せ、しばらく放心状態となった後、ビデオを見て慌てる愛人に哀しい眼を向け始めた。
そこでだめ押しをするかのように、スタジオに愛人の恋人という人物が登場した。
そして、完全に開き直ってしまった愛人とその恋人の存在に眼を拓かされた旦那が、今までは妻に向けていた敵意を180度方向転換させてその二人に向けだした時、スタジオに怒濤の混乱が起こると察した警備員が愛人とその恋人をスタジオから外に連れだしてしまった。
旦那に先ほどまでの威勢は全くなくなっていた。それを見た娘が会場から「パパァ!」と言って飛び出してきた。妻は全身の力を使い切ってただ旦那と娘の顔を見つめる。感情を爆発させて少々すっきりしたお母さんは、しくしく涙をこぼす。旦那は人格が変わったようにうなだれ、ただただ娘を抱いたまま、唇をかみ続けるのだった。
なんだか随分と込み入った話を書いてしまったけれど、結局私が何にそんな驚いたのかというと、あまりにもリアルなニンゲンの感情が電波に乗っかってみんなのモノになってしまっている、しかも出演している本人達が、見られているという部分を全く意識においていなさそうなところに、表現しようのないスゴミを感じてしまったのだ。
日本だって似たような番組はあるけれど、私が見た番組ほど熱くないし、リアルではないし、なにより個人の感情を口以外の手段まで使って露出させることが比較的少ない。という気が個人的にはする。
スペイン語学校の生真面目な女性の先生が、何かの拍子に「私の父は二つの家庭を行き来していた人でね……」となんのてらいもなく、明るく語り始めたのにもいささか腰を抜かした。
「南米ではね、男性は親しくする女性の数が多ければ多いほど一つのステータスだから、家庭を複数持っているなんて話は結構ざら。だから私の家だけが特別だったなんて思ったことはないし、だからこそ、私は男性がいつ離れていっても生きていけるように、職には困らないよう一生懸命勉強してきたのよ。だいたい愛は変容していくもので、ヒトに感情がある限り、自分のその瞬間に抱いている愛が永遠不変だって思う方が、何か勘違いをしているように私は思うの」
自分の豊かすぎる感情に素直に、どこまでも突っ込んでいってしまったがゆえの複雑な男女関係。テレビの中の出演者がどんなに憎々しげな表情をしていても、なぜか妙な人間らしさを私に感じさせるのが、ここ南米の不思議なところ。
街を行き交う地元男性達の横顔を眺めながらつい、女性達から聞かされた噂を重ねてしまう今日この頃……。
(次回に続く)