

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-10-11 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
エクアドル。首都キトの新市街にある、カルメンおばさんの家に間借りをしながら、今これを書いている。
お恥ずかしながら、エクアドルと言えば私は「バナナ」しか知らなかった。

世界各国から集まってきた生徒は、スイス、ドイツ、フランス、アメリカ、日本から。
アットホームな雰囲気の中で、朝8時半から一日4時間の個人授業が行われる。
午後は町中へ出て、市場や美術館、食堂に行きながら、生きたスペイン語を実践。↑Click
友人達は「南米は片腕ごと持って行かれるところらしいぞ」と忠告してくれるし、「ネックレスをしていたら首から上はなくなるものと思え」「拳銃強盗には一度は遭うと思っていた方がいい」というのが俗説。そんなことを年がら年中、日本で聞かされ続けていた私が、どんな気持ちでここへやってきたことか……。
けれど。ここでも人はごくごくフツーに暮らしていた。
マーケットに行けば山のようにモノは溢れているし、人に道を聞けば、見知らぬガイジンのために次から次へと寄ってきてジェスチャーで懇切丁寧に教えてくれる。ブーツカットパンツをはいたお姉さん達は、ピタピタのTシャツから健康的な肌を露出させながら色気たっぷりに歩いているし、それを口笛吹いて冷やかすお兄さん達もいる。 全く百聞は一見にしかずだなあ……。ジーンズの足下裏側に6個もの隠れポケットを縫い込んでくるほど、構えに構えていた私は一体何だったのかしら?と一人、苦笑した。
私も「生活」を始めた。
ここエクアドルは、見事に英語が通じない。代わりに人々が喋っているのがスペイン語。首都キトには約50校あまりの学校があり、それを学ぶために世界中から人々が集まってきている。
英語が通じないなら、こちらが現地の言葉を学ぶしかない。そこで私も語学学校に通うことにした。
私にとって、スペイン語は第三外国語。
最初に身につけた外国語は英語だった。初めて外に出て、学校で何年もかけて学んできた文法中心英語が実際のコミュニケーションにあまり役に立ってくれないことに一念発起、自分でなんとかするしかないと、実地を踏みながら出会った人との会話の中で学んできた。
そして次に挑戦した言語がネパール語。
言語というのは不思議なもので、母国語以外の言語を一つマスターすると、さらに新しい言語に挑戦する時に比較対象が広がっているから、同じ言い回しを新言語ではどう言うのかと関連づける「横並び方式」で覚えていけば、意外とすんなり記憶できる。
例えば、日本語の「母」(発音ハハ)は、英語で「Mother」(発音マザー)、ネパール語では「Ama」(発音アマ)。だから今度新しく始めたスペイン語ではなんと言うのかなあと興味を持って調べてみると、「Madre」(発音マドレ)。ここまで来ると、もしやあの「マドレーヌ(フランス語)」というお菓子は、スペイン語と同じラテン語ルーツだから、「母」の意味を持っているんではないか、などと考え出すともう絶対に忘れない。
さらに。日本語の「何?」は、英語で「What?」、ネパール語で「Ke?」。スペイン語では「Que?」。ヒマラヤとアンデスという地球の正反対の場所で同じ「ケ?」を使ってしまうのだから、たまげてしまった。これだけだったらまぐれとも言えるのだけれど、関連はそれだけではなかった。ネパール語の「Yesto」という単語は「このような」という意味があるのだけれど、スペイン語の「esto」は「こんな」。「誰?」はネパール語の「ko?(発音コ)」でスペイン語の「Quein?(ケン)」と、同じカ行始まり。「日(日本語)」だって、「din(ディン・ネパール語)」に「dia(ディア・スペイン語)」「day(デイ・英語)」。
そうかそうか、考えてみれば日本語以外は全部、インド-ヨーロッパ語族に属した言葉。一時期は世界を圧した諸言語から派生しているんだよなあと、今更ながら教科書で勉強したことを、身をもって実感した。
そこでふと考えた。
日本人は他言語を学ぶのが比較的不得意とされているけれど、確かに朝鮮・アルタイ語族系統だと言われている日本語は、構造が全く違う。
なればこそ、日本語からインド・ヨーロッパ語族の一言語というとんでもなく溝の大きい壁さえ越えてしまえば、あとは米国人がフランス語をやるのより、フランス人がイタリア語をやるのより、全然簡単に同じ語族言語をマスターしてしまえるということになる。
私が言う「横並び方式」とは、まず日本語以外のメジャー言語を一つやりさえすれば、あとはインド-ヨーロッパ語族内では構造が似ているので自然に頭の中で言語の関連づけがなされ、今度はそのメジャー言語から芋蔓式に他言語もくっついてくるということ。未知の単語の意味を推測で想像し、学んでいくことほど面白いことはない。
「ことば」はその場所の文化、地元のニンゲン達の性格を模倣する。
儒教文化のにあった日本語が、年齢、社会地位で言葉を尊敬形から友達形にまで使い分けられるのと同様に、カースト文化の影響で上意下達で物事が動くネパールの言葉も、日常会話の中でさえおよそ四種類の尊敬形から命令形までが使い分けられていた。
エクアドルで初めてやり始めたスペイン語の名詞は、女性形と男性形にしっかり分かれているのに新鮮に驚いた。
日本でも男言葉と女言葉があるけれど、昨今はどんどんユニセックス化してきている。英語の「you」を、あんた、君、お前、あなた、お宅、汝、貴様、貴兄、尊公などと、バリエーション豊かに使い分ける言語も他にはそうないと思うのだが、日本語は使い手によって男言葉女言葉を選べる。けれど、最初から名詞が男性形、女性形と分けられているスペイン語は、発想自体が既に違う。
それをよくよく分析してみると、家まわり(台所や寝室)は女性形、外回り(社会に関わるもの)は男性形。ふーむ、だからここはヒトも男性は男性らしく、女性は女性らしく、性がはっきりしているのかなあと、言葉の背景にある社会環境を、勝手に想像しては楽しんでいる。
何か、違う言語を喋ると、自分の頭の中の血の流れも変わるような気がする。
英語でものを言おうとする時には、いつも常に結論が先。だから常に自分が何がしたいのか、何を望んでいるのか、自分が自分のことをよくわかっていないと、会話がトンチンカンになってくる。
けれど、日本語でこれをやると嫌われかねない。日本語でものを言おうとする時にまず考えるのは、相手が喜ぶような、もしくは相手を気遣うような挨拶、または季語など、核心から遠いところをまずぐるっと囲む。例えば「本日はお日柄もよろしく……」。そして最後にほんのちょっぴり自分の要望をその中に交えて終わりにする。
じゃ、ネパール語で喋る時はどうか。英語ほど結論が先にはこないけれども、日本語ほど前置きが長くない。インド-ヨーロッパ語族に属しているから、合理的な構造になっているのだけれど、そこはアジア圏の言葉だから、「我」を英語ほど強く主張する必要がなかったのかもしれない。
従って、喋る言葉によって、自分の性格まで変わってしまうのが、なんとも可笑しい。
英語で喋っている時には、自分の主張を最大限に簡潔にまとめようとする合理的な自分になり、日本語で喋っている時にはなるべく自己主張をしすぎないよう、核心に触れずに用件を相手に伝えようとする遠慮がちな自分になり、ネパール語で喋る時には何度も相手に相づちを求める、田舎の世話好きおばさんのような自分になる。
そして今始めたばかりのスペイン語。「Buenos
dias(おはよう)」は、直訳すれば「良い日ですね」。「Buenos tardes(こんにちは)」は、直訳すれば「良い午後ですね」。なんだかこの言葉をずっと喋り続けていたら、とんでもなく前向きなジンカクが形成されそうで、ちょっと楽しみな昨今。
言語習得は毎日が格闘に次ぐ格闘。
入ったばかりのスペイン語学校で話しかけられ、「私は初日(primera dia)なので、わからない」と自分ではにこにこ喋っていたつもりが、よく部屋に帰ってきて復習したら「私は春の日(primavera dia)です。とにかく私は春の日ですから、わかりません」と自信たっぷりに連発していたことが発覚。「あなたは本当に可愛い人(mona)です」も、「あなたは本当に猿(mono)です」と堂々と言い放ち、さすがに先生の眉間に皺が寄った。
間違ってようが相手が変な顔をしようが、使えるようにするには、とにかく喋るのが一番。
エクアドルでのスペイン語個人レッスンは、一時間で500円。あと一ヶ月、どこまでできるかわからないけれど、「初日の可愛い人」が「春の日の猿」にだけはならないよう、失敗をエネルギーに変えて頑張るぞっと。
(次回に続く)