

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-09-13 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
何かと慌ただしい出国前、お世話になった方にご挨拶をしておこうと思い立ち、青山付近を散策した。
駅前の風景が懐かしい。というのも、学生時代、私は青山にある一部上場企業で、アルバイトをしていたから。当時と変わらぬ街路樹や郵便ポストに、女子大生だった自分を重ね合わせ、当時の記憶が沸々と蘇った。

世界は、今晩のパンを買える仕事があるだけましという国の方が実は多い。
そう思えば、アルバイトした若者が遊んでいられる日本という環境は本当に恵まれているよなあ……
(マラウィで湖から水運びをする少女)↑Click
時はバブルが弾けた直後、就職活動は思いの外難航した。
もともと「お金のために」というよりも、一生に一度のジンセーだから「自分のやりたいこと」に優先順位を置いて仕事を探したいと思っていた私は、いくつか受けた会社の面接でも、相手会社の立場に立ってモノを考えるということができず、「御社でこれをやりたいんです!」「あれに挑戦したいんです!」と自己主張ばかりを繰り返し、人生経験豊富な面接官の前でとにかく生意気な熱弁だけを振るい、お陰で試験にはことごとく失敗した。
一部上場企業のN社人事採用部でアルバイトをしていたのは、ちょうどその頃。ぬくぬくとした学生生活も終わりに近付き、その延長線上で「自分のやりたいことを仕事にしてみせる」と息巻いていたというのに、実社会はそれが全く通用しないということに落胆し、希望を失い、今の学生がするように目の前のお小遣いが入ればそれでいいという刹那的な気分で、バイトに精を出していた。
まだ大学生の私が、企業の人事採用部で仕事をする。
履歴書を持ってやってくる女子大生達は、面接受付アシスタントをする私が、まさか彼女らと同じ女子大生とは思わずに、就職マニュアルにあるように丁寧にお辞儀をし、敬語を使い、ちょっぴり媚びる目つきで私を見た。
面接室からは、「わたくしが御社を選んだ理由は、子育てをしながら定年まで働けると思ったからです」とか「女性が多い御社の福利厚生に惹かれ、応募しました」といった声が聞こえてくる。
片方で、自分も就職試験を受けに行き、でも面接で、どうも取り繕った礼儀正しい対応をすることができなかった私は、ちょっぴり羨ましい気持ちで彼女達の応対を見、また不採用フォルダに入れられた女子大生達の履歴書を、まるで自分の姿をそこに見るように、複雑な気分で整理していた。
仕事ってなんなんだろう。働くことってどういうことなんだろう。社会人になるってなんなんだろう。
今だって理解しているとは言い難いが、当時の私は今以上にそれがかみ砕けていなかった。
相手よりもまず自分。自分の社会人としてのジンセーが、大学生活よりもレベルが下がるのだけはイヤだったから、自分がやりたい、こうしたいと思うことを、オシゴトとしてやっていきたいという強烈な願望があった。
私のバイト先は採用繁忙期真っ最中。部で働くオジサン達とOLさん達はちょっぴり疲れているように見えた。
「こんなことがやってみたい!」と夢を思い描き、大志と希望をもって社会人になろうとしていた私は、そんな部の人々を見て、ちょっと辛くなってしまった。社会人という世界は輝かしい未来ではなく、もしかしたら苦しいことだけが待ち受けている暗い未来なんではないだろうか、と。
どんなに大変なことでも、もしそれが自分の好きなこと、または少しでも興味があることだったら、苦しいことを苦しいと感じずにいられる。乗り越えられる。でももしそうでなかったら……。
ここは人事採用部なのだから、思ったことは聞いてみようと思い、部内のあるオジサンに質問した。
「あの……やりたいことが私にはいろいろあって、それをなんとか仕事にしてやっていきたいんですけど、そのための努力はなんでもしようと思っているんですけど、時間はかかってもそれはできることなのでしょうか?」
するとオジサンは言った。
「仕事なんていうのは、淡々と【こなす】もの。お金をもらうためのものなのだから、自分のやりたいことを仕事にしたいなんて願望は、持っても無駄だよ。悪いことは言わないから、そんなことは最初から考えない方がいい」
当時の私はなんだかショックだった。
じゃ、お金を頂くことよりも、仕事を通じて自己実現をしたいと思っていた私は、働く動機をどこにもっていけばいいんだろうと、なんだかとてつもない迷路に入ってしまった気がした。
お金をもらうことだけを目的にするんだったら、今やっているアルバイトで十分じゃないか。
そんな私を制するように、オジサンはさらに私を諭した。
「やりたいことを仕事としてやっていきたいなんていう情熱は捨てなさい。その方が君のためだ」、と。
私から情熱を捨ててしまったら、あと何が残るというのだろう。社会人は辛いんだなと、大学生の私は思った。
与えられた仕事を淡々とこなすのも決して悪くない。
でも。贅沢な時代の落とし子である私は、もう一つ、お金のため以外に働く動機を必要とした。
「仕事においては夢なんて無意味なものだよ」。オジサンの言葉はいつまでも、頭の中でグルグルと回り続けた。
(次回に続く)