

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-07-26 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
難民キャンプ方面行きの真っ赤な路線バスは、終点に到着した。
鉄条網に囲まれた難民キャンプのグラウンドでは、少年達が歓声を上げながらサッカー興じていた。

ボールさえあれば楽しめるサッカーは、国民的スポーツ。
ボールがなければ布を丸めてボールにし、布がなければワラを丸めて
ボールにしてしまう逞しさはなかなかのもの。↑Click
目にしみるほどの青い空。端切れを丸めて作ったボールが宙に高く舞うと、それを追いかける少年の破れたTシャツの切れ端がひらひらと風になびく。めざとく異邦人を見つけた彼らは屈託ない笑みを浮かべて Hello! Hello! を連発。スティーブは顔をほころばせ長い腕を振り上げると、Let's Study!(勉強しろよ!)と叫んだ。
「何の教育も受けずにただサッカーをして漫然と時間をやり過ごす彼らに何かをしてやらなければと、有識者達が交代で彼らにアルファベットを教えてるんだ」
アスマラの郊外に隔離されたようなバラックのような建物群の横に、週に一回の給水車が停まっている。車の陰からふいに姿を現したエリトリア人の管理人に見つからないように、岩陰に身を潜めると、スティーブは目を伏せた。
「希望がないまま生きていくって大変なことさ」
キャンプのトタン屋根が風が吹く度、ガタガタ揺れているのが見える。
遠くの谷に向けて放りなげられた石ころが放つ乾いた音。逞しい腕に盛り上がった傷が、あまりにも痛々しい。
政治家を志し15才の時にガンジーの話に感銘を受けてからのベジタリアンにみなぎる筋金入りの闘志。
私がぜい肉のそぎ落とされた肉体美を眺めていると、スティーブは毎朝4時に起きて谷まで50往復の走り込みをしていること、精神的な戦いは体力なしにはできないことを説明した。
高原の風の心地よさに目をつむった。あまりにも無邪気な子供達の声だけが、耳に軽やかに跳ね返る。しばしの静寂。互いに何も喋らず、顔も見ず、ただ狭い岩陰に身を寄せ合って時間の流れに身を任せる。
カフェでついさっき出会ったばかりだというのに、不思議と違和感のないもう何年も前から知り合いだったような感覚を、私は心から楽しんでいた。
難民キャンプを見学させてもらい、小一時間ほどたった頃。
荒れた庭で楽しそうにボールを蹴る少年達を眺めていたスティーブが、突然表情を変えた。
涙を堪えている。私は見てはいけないものを見てしまった気がして、気付かないふりをした。
すると、私の耳に、小さなささやきと途切れ途切れの声が聞こえてきた。
「俺は真っ暗な部屋に座って、自分の未来を、国の未来をただじっと考える。なのに……未来なんて何一つ見えやしない。楽観的になろうと自分に言い聞かせてみても?材料が一つもありゃしない。やれる手は全部尽くした。すべてやった。なのに、突破口がどこにもない。八方塞がりなんだぜ。何も変わりゃしねえ!……どうして俺の運命はこんなになっちまったんだ!」
クソッ!と拳をたたく音が聞こえる。目尻を押さえるスティーブの姿が瞼の裏に透けて見えた。
「俺……トラックに飛び乗った時“賭”をした。猶予は二年。『死にゆく』戦いはやめて銃を捨て、第三国での未来のある戦いに素手で挑戦する、と。
俺はもう死ぬことは恐くない。だからあのまま武器を持ち果敢に攻め、自分の命を捧げることこれっぽっちも惜しくなかった。ただ……死んじまったら全て、お終いなんだ。そうだろ?俺の祖国への思いを達成することもなく、平和をこの目で見ることもなく唯、無。でも……命があれば何かができる。親父は近い将来激戦で死ぬだろう。だから俺は生きていようと思った。生き続けて何かをしようと思った。少なくとも……俺は親父とは違う戦い方をしている。だからこの難民キャンプにいながらも俺はあの時と変わらず戦い続けているんだ。そして今、一年がたった。神がどちらの戦いの方法に軍杯をあげるかはまだわからない」
声を押し殺して泣いている。体格のいい男らしい男が、抑制の効かなくなった感情を溢れさせている。
長く重い沈黙が続いた。小鳥のさえずりが妙によそよそしく辺りに響いている。
「でも……俺は今、まだ呼吸できてるんだよな。だからまだ何かできる。なぁ、まだ生きてるのに“終わり”だなんて言えないよな。挑戦して失敗して、また挑戦して失敗して……それでもまたオレは挑戦する。でも……残された時間で挑戦し続け何も変わらなかったら、俺の賭けは負けだ。もし、本当にあと一年のうちに突破口が見つからなければ……」
彼は急に声を低くし、言い放った。
「俺は解放戦線に戻る。武器を再び手にする。そして全身で戦って……死ぬ」
無理に笑い飛ばそうとする声が周囲の岩に砕け、全身に力が入った。
「このアフリカ大陸に留まっている限り、永遠に虚しい悪循環から抜け出すことはできない。大丈夫だよ、必ず俺は第三国に脱出する。そのための糸口をぜったいに探し当てる。神は素手での戦いに勝利を与えてくれると俺は信じてる」
あれから4年の月日が経った。不況不況と言いながらも餓死者を道に一人も見かけない日本にいながら戦争という文字を新聞で見るたびに私は思う。彼はまだ無事でいるのかなあ……と。