

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-06-28 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
1998年春、戦争を終えた街は、活気を取り戻しつつあった。
ブーゲンビリアが咲き乱れ、椰子の木が道沿いに続くエリトリアの首都・アスマラ。

世界中どこでも、子ども達はあまりにも無邪気。
錆びた戦車が転がる場所で、子ども達ははしゃぎ声をあげながらか遊んでいた。
高原の爽やかな風が通り抜ける街のカフェは、民族衣装を着た人々で賑わい、でもそれとなくその輪に参加する人が、ある人は車椅子に乗り、ある人は片足がないまま椅子にもたれている状況が、ついこの間まで戦争をしていたこの国の歴史を物語っていた。
私はバスに乗って郊外へ出かけた。
椅子に座っていると、ふっと何かが髪に触れる気配がした。なんだろうと思って振り返ってみても何もない。気のせいだったのかなと思って前を向くと、また髪が何かに挟まったようにチクッとした。
なんだ?椅子の下をのぞくと、かくれんぼをしている子供が二人。手には私の髪が数本、しっかりと握られている。生まれた時から縮れ毛の彼らにとって、「直毛」はどうしても手に入れたい宝物のように映ったらしい。
ちょうどその二日前、私は長旅でボサボサになった髪を少し整えようと、街の美容院を訪ねた。どうなることかと思っていたら、案の定、お姉さん美容師は私の髪を濡らしもせずに、紙を切る普通のハサミでバツバツと直線に切るだけ。本当は段を入れるかシャギーを入れるか梳くかしてもらいたかったのに、今までの人生で直毛を扱ったことのないお姉さんは、ひたすらまっすぐ伸びている髪を不思議そうに撫でながら、何も考えずにただ切り落とした。
お姉さんにとって私の直毛が不思議なものなら、私にとってお姉さんのアフロヘアは全く不思議の産物。
ふと手が伸びた。ごわごわだとばっかり思っていたら意外や意外、フワフワで綿毛に触れているように柔らかい。
そして、頭皮にくっついたお姉さんの髪は、見た目には1cmほどの厚さしかないというのに、つまんで引っ張るとマジックをかけたかのようにびゅーんと10cmほどに伸びた。
へええ。彼らの天然の縮れ毛ってこうなっていたのねと、妙なところで感心してしまった。
簡単に言うと、毛玉の論理と一緒なのだ。
美容院へ行ってその髪質を詳しく観察させてもらうまで、彼らは髪が短いからアフロスタイルの人が多いのだと思っていたのだけれど、彼らの髪質というのは伸ばせば伸ばすほど「玉」の密度が濃くなり球を形作っていくだけで、どんなに伸ばしたところで、決して「下」に向かっては伸びないのだった。
道端で髪を洗っていた青年を見かけた時にも、気付いたことがあった。
髪に水をかけた時。直毛の私ならかけた水は途端にしたたり落ちてくるというのに、お鍋一杯ほどの水を頭にかけた彼から、水は落ちてこなかった。しばらく時間をおいて、やっとほんの少しの水がポタポタとこぼれ始めた。
つまり球状になった髪の玉が、スポンジのように、水を全部含んでしまったのだ。
直毛の私はその不思議な光景を、小さな驚きと共に眺めていた。
そんな彼らだから、直毛は永遠の憧れ。
バスの中で私の髪を盗んだ子供は、それを大事そうにズボンのポケットにしまった。
そして、美容院のお姉さんは、私の頭を無理矢理前後させ、毛先がさらさら揺れるのをみてホーッとため息をついた。
戦争が終わったばかりの街では、女性達はオシャレをするのに余念がない。
美容院では、どんなに伸ばしても決して下に伸びていこうとしない髪質の現地女性が、大枚はたいてつけ毛をつけていた。つけ毛はもちろん、背中まで針金のようにピンと伸びた直毛。
地毛の縮れた髪をほんのひとつまみつまんでは、数十本のつけ毛を編み込んでいくという気の遠くなるような作業。縮れ毛だから編んでしまえばそれがバネの役割を果たし、ゴムやピンで止めなくてもつけ毛はほどけることがない。
三人もの美容師さんがかかりつけで編み込むこと数時間。細い細い三つ編みが300本あまり下がる、直毛「もどき」スタイルが完成。女性は何度も頭を動かしては、毛先が揺れるのを喜んでいた。
女性がくるりと振り向いた瞬間に、ストレートヘアがふわりと踊る光景。
それがやりたくてやりたくて、でもできない髪質だから、値段の張るつけ毛をつけてまでやろうとするオンナゴコロ。彼女達は女性らしさの象徴「揺れる髪」に少しでも近付こうと、必死に努力する姿。
女性が女性らしくオシャレをしたいというキモチは万国共通。エチオピアとの戦争が終わり、やっと彼女達にも「揺れる髪」に没頭できる環境が訪れたのだった。
直毛を知らないお姉さん美容師のお陰で私の頭はすっかりざんぎり。でもそれでもいいやと思えたのは、オシャレにはしゃぐ彼女たちが、あまりにいじらしかったから。
戦争を終えたばかりの街で、私の旅が始まった。
(次回に続く)