

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-06-21 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
朝5時。騒々しい山羊の鳴き声で目が覚めた。
顔にあたる空気は、お皿に乗せて食べたくなるほど清々しく、温度計を見ると2℃を指していた。
インディジョーンズのロケ地としても利用された地域は、
ベドウィン族が数百年前から変わらぬ暮らしを営んできた場所。彼らはいにしえの往来者、なのだ。
昼間、日陰でも39℃。直射日光がさしている場所だと軽く40℃は超える。一日の中で約40℃の気温差があるのが砂漠気候の特徴。真冬と真夏が朝と昼にやってくるほど、寒暖差が激しかった。
昨日の夜は、マットレスが敷いてある「居間」側に、シュレイマンほか男達が寝、煮炊きをする穴が掘ってある「台所」側に私やムラハ、姉のスィーテが寝た。
砂が絨毯代わりになっている「台所」側は敷物の一切もなし。だから私達は、体の上に山羊の毛で織られた毛布をのせ、砂の上に直に寝た。砂漠の夜は寒いということを知っていたので、手持ちの衣類は全部着込んで寝たというのに、これが不思議なことに、毛布から足を出したくなるほどにテントの中は温かかった。
どうやら、山羊の皮で作られた分厚いテントで外と内とを遮断さえしてしまえば、テント内の砂は昼間の暑い空気をそのまま含み、暖房の役割を果たすらしい。
砂まみれになった髪をはらい、表でぼーっとしていると、シュレイマンも起きてきた。
隣に座り、何かをつまみ上げた。なんとサソリだった。
「これはなあ、悪い奴だ。でも俺たちは対処法を知っているから大丈夫さ。刺されたところに軽油を塗って、半分にしたジャガイモを貼り付け、二の腕をしばっておけば毒はまわらない。そういえば昔、君たちみたいな顔をした東洋人がコイツにやられたらしく、夜、岩山の向こうから叫び声が聞こえて、今回みたいに助けに行ったことがあったなあ。彼らだって、俺の言った通りに対処したら、なんてことなく大丈夫だったよ」
シュレイマンは、少ない英単語を駆使して話し始めた。
「俺たちベドウィンは、外国人がやってきて、俺たちと同じ物を食べ、ベドウィンの文化そのままを体験してくれることがとてもうれしい。君はいずれ旅を終えて日本に帰る。その時に知るはずだよ、俺たちみたいに移動する暮らしにどれほどの自由があったかってことを」
シュレイマンの言葉が足りないのを見て、昨夜同じテントに泊まった親戚の若者が通訳してくれた。
「俺たちベドウィンは今を生きるんだ。だって今晩死ぬかもしれないし、明日はもういないかもしれない。第一、未来を心配しながら今をどうすべきかを考えるなんて、ベドウィンのやり方じゃない。俺たちは俺たちの時代を生きればいいだけ。次の世代はまた、別のことをしているに違いないんだから。だから少しでも、こうして一緒に同じ時間を共有できて、楽しめて、お茶を飲みながらお互いを尊敬しあえれば、最高じゃないか?人生は短いんだよ」
遠くを見てるなあと思った。視界がとてつもなく拓けている、その環境と同じように、シュレイマンの生きることに対する目線は、随分と遠くにあるように感じた。
私も空を見上げながら、自分が置いてきた遠くの遠くの家を想った。
そして、あまりにも違う、シュレイマンの世界と、私が普段いる東京という世界が、空という空間でつながっていることの不思議を想った。
幻想的な、夢の中でしか出会えないような風景が今、目の前にある。まるで映画の舞台セットの中にいるようだった。
昔、ヒマラヤを歩いて横断したというフランス人の登山家が言っていた。
「俺は遊牧民を愛している。なぜって彼らの精神はとてつもなく自由だからだ」
シュレイマンも、目線の距離だけ、精神も自由であるように、私には感じられた。
こんなこともあった。
町にいた時、あるベドウィンが、シンプルな英語で「俺の家に来るかい?」と言った。英語でMy houseだったので、私はてっきりHis house、つまり「彼の家」に行くのかと思った。
なのに。彼は私を別の人の家に連れて行った。少なくとも、私が「私の家」においでと言ったのに、隣の「田中さん」の家に連れて行くことはない。これが1度だったらわかるのだけれど、また別の人も「俺の家に来るかい?」と言って、他人の家に連れて行った。
そんなことが何回か続き、私は思った。
ベドウィン族の彼らにとって、「俺の家」というのは「村」と同義語なのだ、と。
砂漠という厳しい環境で暮らす人々の価値観の中には、訪ね来る人々はいつも歓待せねばならなかった。なぜなら自分が逆の立場になった時、いつ砂漠の屍と化すかわからないから。そんな環境の厳しさが生んだ同胞意識とも言えるものが彼らの中に強く根を張っており、彼らはことある毎にこう言う。
We are Bedwin.(我々はベドウィン族だ)
シュレイマンからも、何度それを聞いたことだろう。
町の便利な生活も知っている彼が、それでもテント生活の方がいいと言い切っていたのが、実に印象深かった。
私はテントを出発した。今日は町に戻る日。
シュレイマンに送ってもらう道の途中、どこかで飼われていながら、砂漠をフラフラと散歩しているラクダの親子に出会った。口を近づけてくる妙に人なつこいラクダに私が躊躇していると、シュレイマンは言った。
「全然怖くないよ。彼らも俺たちベドウィンと生き抜いてきた仲間だから」
シュレイマンは親子に軽くキスをし、優しい眼差しを送りながらいつまでも首を撫でていた。