

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-06-07 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
黙って後ろについていく私の存在を知りながら、ムラハは照れなのか、初めて出会うガイジンに臆病になっているのか、たまにこちらをチラリと見るものの、全く意に介さずという感じで、砂漠の中をずんずん進んでいく。砂深い大地を歩くには、私のスニーカーは不具合この上ない。五歩も歩けば靴が砂でずしりと重くなり、こういう時にベドウィンが履いている簡素なサンダルの楽さを知るのだった。

ムラハが鉄パイプを利用して作ったお手製の笛から流れ出る音色が、風にのって流れていく。
放牧をしながら笛を奏でることが、ムラハにとってのささやかな楽しみ。
私は靴を脱いだ。日差しもだいぶ弱まった砂漠の砂は、もう思ったほど暑くはなかった。
ふわっとした砂の感触が足の裏をくすぐる。小さな頃よく味わっていた砂場の感触を思い出した。
表にある乾いた砂を蹴ってさらに足を深く突っ込むと、少し湿ったひんやりとした砂が足を刺激し、この上なく気持ちよく、何時間も足を入れては出して遊んでいた。
ベドウィンが暮らす砂漠の砂は、どこまで深く足を入れても、湿った砂に到達しなかった。だから、掴んでも掴んでも「塊」ができない。それどころか、少しの隙間を見つけるとすぐにさらさらとこぼれ出でてしまうパウダー状の砂は、形なくこぼれていく水とそっくりだった。シュレイマンがお茶のグラスを洗う時、砂を使ってきれいにしていた理由がわかるような気がした。
「アイヤーッッッッ」
とんでもない声にびっくりして前を見た。ムラハが一匹のヤギを、ものすごい形相で追いたてている。と、もの凄いスピードで走り出した。固い地面ならともかく、辺りは一面、ふくらはぎ辺りまでをすぐに埋めてしまう砂の上。なのにムラハは、妖精のような華麗さで、ぴょんぴょん逃げていく子ヤギに追いつくと、足をむんずと掴み、群れの外に引きずり出した。
子ヤギとムラハの追いかけっこ。プレイグラウンドは砂漠。
捕まえられて哀しげな声をあげる子ヤギは、どうやらムラハのヤギではないらしかった。
そういえば、遠くの方に点のようになった別の群れが見える。ムラハはそちらを向いて、舌をくるくる回しながらまた「アイヤーッッッ」という叫び声をあげた。子ヤギはとぼとぼと、地平線彼方の自分の群れに向かって走っていった。
すごいなあ。ムラハは、数十頭いる自分のヤギの顔を全部見分けているんだなあ……。
私の目には何十頭もの山羊の群れは、単なる「ヤギ」分類だというのに、ムラハの目には「白山羊のA子」「ブチ山羊のB太郎」「お尻が茶色の山羊C男」という風に映っているんだろうなあ……。
環境によって、識別する対象が違ってくるヒトの目の不思議さを思った。そういえば、マサイ族は100頭あまりもの自分の牛を全部識別していたし、私は……大好物の寿司ネタの善し悪しを識別する、か。どこでも一緒、だなあ。
ムラハは相変わらずこちらをチラチラと見る。もうだいぶ歩いた。気付けば、さっきまでいたテントは、見えなくなっていた。すると。
ムラハは猛然と、今度は私の方に向かって突進してきた。何をするのかと思ったら、私が記録用に持っていたDATを手に取り、なにかをまくし立てている。残念ながら、ムラハの言葉は私にはわからない。
ムラハはDATのイヤホンではなく、「マイク」を耳につけたり、本体の匂いを嗅いでみたり。
それまでずっと、父シュレイマンの前で文句一つ言わず甲斐甲斐しく働く娘でしかいなかったムラハが、父の目が届かなくなった途端、性格を豹変させたのだから、私の方が面食らった。
私とムラハの、砂漠の真ん中での同性だけの時間。
私がムラハに、DATで録音したこれまでの音を聞かせると、少し口元に笑みが浮かんだ。イヤホンを自分の口の前に持ってきてまた「アイヤーッッッ」と叫ぶと、それを聞かせてよという仕草をする。
「これこれ、そうマイクで入れないとね」
そうこうしているうちに数分。あれほど好奇心をむき出しにしてDATを見ていたというのに、数分もするとすっかり飽きてしまったらしい。マイクをムラハに持たせた私がばかだった。ムラハはそれで山羊を追い始めた。
それは困るよおと、取り返そうとすると、ムラハは全身で笑いながら逃げる。そのうち、マイクをほっぽり出した。向かってくるムラハ。私は必死で逃げる。目と目が合った瞬間、ムラハが逃げ出す。それを私が全力疾走で追いかける。
こんなシンプルな遊びをしたのは、何年ぶりだろう……。
道具のない遊び。砂漠という舞台で、言葉の通じない二人が実に単純な愉しさを共有する瞬間。
文句なしに楽しかった。
息が切れる。周囲では山羊達がマイペースに草を食べ続けている。
ゼエゼエと肩で息をしながら、体の中にあまり味わったことのない、心地よい風が吹き抜けていくのを感じていた。(次回に続く)