

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-05-24 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
赤いカフィーヤ(頭を覆うスカーフ)を風になびかせて現れたシュレイマン。どこまでも続く白茶けた大地に、真っ青な民族衣装が映える。笑みをほとんど浮かべずに、キッと相手を見据えるシュレイマンの目は、砂漠の民としての誇りを感じさせた。彼は身振り手振りで説明した。

ラクダの親子と戯れるシュレイマン。
このあたりでは「飼いラクダ」といっても鎖はなし。砂漠を自由に散歩し、
それでも夕方になれば飼い主のところにきちんと戻ってくるというのだから、不思議だ。
「お前達の車じゃ、この先はとても無理だな。これからどこへ行くんだい?」
「……。ベドウィンの村を訪ねたかったんだけ……、むり、か……」
シュレイマンは自分の車をちらりと見た。錆び付いたトヨタのランクルは、オイルメーター、スピードメーター共に針がなく、それでも30年前に生産されたと思われる型は、砂漠の過酷な環境にも十分耐えうるらしかった。
「俺のテントに行くか?」
私が少し笑うと、シュレイマンは荷台へ手招きした。
砂漠の乾ききった風が頬を撫でる。人っ子一人いない、まるで月面に降り立ったかのような風景。荒々しくも雄大な空間に、時間というものがぴたっと止まってしまったような気がした。
突然シュレイマンが車を止めた。遠くの尾根に向かって口笛を吹く。私がキョロキョロしていると、彼は俺の友達があそこにいる、と言う。私には何も見えなかった。いや見えたけれど、黒いアリンコほどの粒が稜線をゆっくり動いている程度にしか見えなかった。距離にすれば10キロ程度か。東京で、喫茶店や教室という距離感で友達を呼び止め話しをすることはあるけれど、アリンコのようなサイズにしか見えないほど遠くにいる友達と「会話」をしている人を、私は生まれて初めて見た。
道は完全にオフロード。舗装道路から離れれば離れるほど、政治とか経済とか、普段日常情報としてこちらが必要だと思っていたはずの世界もどんどん離れていく。こういう時に、「これがないと生きていけない」と思っていた自分は、錯覚だったのだなあと気付かされる。だって、私は岩と空と砂とラクダとポンコツ車とシュレイマンしかいない世界でもちゃんと生きているのだから。
シュレイマンの黒いテントは、とてつもなく大きな岩山の陰に隠れるように張られていた。ここに来る前の彼の話では、ご近所仲間が「たくさん」いるという話だった。
だから私はつい自分の住環境を想像し、1キロ圏内に数家族のテントがあるものだと想像していた。が。シュレイマンの「ご近所」は半径数十キロ範囲のことを呼ぶものだったらしく、シュレイマンのテントのほかは私の視界の範囲には一つもなかった。
八王子市在住の私が、千葉にいる友達を「近所の友達」とは言わないよなあと、自分のちっちゃな地理感覚に苦笑した。
シュレイマンの家は、長さ約6mほどのテント。前方が全開になっていて、目の前は何十キロという範囲が見渡せる。
「ここは何の音もしない。騒音もしなきゃ、車の音もしない。よく眠れるよ。俺は町にも家があるんだけど、町に二日いると気が狂いそうになってここの戻ってくる。なぜって、耳が痛くなるんだよ。いろんな音がありすぎて、なあ」 遊牧民であるベドウィン族も、ヨルダンという国の近代化に伴って政府による定住化政策が進められている。が、Farming(農耕)をしてきた他の民族とNomad(遊牧)をして生計を立ててきたベドウィン族は、まるで感覚が違う。ベドウィンは、政府が彼らを定住させるために町に作った専用の家々を「チキンハウス」「箱」と呼ぶ。
「俺たちは遊牧民、常に移動する人生を送ってきたんだよ。政府がどんなに家を用意してくれたって、そんな箱の中で黙ってテレビ見てる生活なんかしていたら、精神的におかしくなってしまう。家は俺たちにとって牢と一緒だよ」
わかるなあ、その気持ち。私もどうしてこう生まれてしまったのだか、部屋の中に閉じこもっていることができない。日本から遙か離れたヨルダンという国で、奇妙にも似通った感覚を持っている人々との出会いに可笑しくなった。
シュレイマンと出会う前、私はペトラという町で定住化し始めたベドウィン族が住む村を訪ねた。家に入り、扉を閉めようとすると、家の主人が頼むから扉を開けておいてくれ、と言う。隣の建物も、またその隣の建物も、全く「扉」の役割を果たしていない戸が、ぶらぶらと壁にくっついていた。
少なくとも、東京でマンションの各部屋の扉が全部開けっ放しになっているのなど見たことがない。しかも玄関の扉が開けっ放しになっているわけではなく、建物の中にある数個の部屋の扉までもが見事に開いているのだった。
シュレイマンのテントを訪ねてその理由がわかった。
伝統的に、全開放的住空間で暮らしてきた彼らにとって、扉を閉めた瞬間、息が詰まってしまうのだろう。
何千年も培われてきた血というのは、いくら政策でルールを強制されても、そう簡単に変わるもんじゃないんだなと、テントのマットレスに横たわるシュレイマンを見ながらふと思った。
(次回に続く)