

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-04-19 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
『あの国には何もないけど、愛がある』
ヒマラヤの小国・ブータン。九州ほどの小さな国は、インドと中国という二大国に挟まれ、約60万という人々が山間にひっそりと暮らしている。私はブータンのことを聞かれると、最大の敬愛を込めてこう答えることにしている。

屈託のない笑顔は子ども達の貴重な財産。
彼らのはにかみと仕草の中に、日本の文化との共通項を見いだすこともしばしば。
私がこの国を初めて訪れたのは、1990年。隣国ネパールに留学していた時のことだった。
ブータンはGDP(Gross Domestic Product 国内総生産)が数ある国の中でも下から数えた方が早く、経済的に見ればいわゆる途上国に分類される。
だというのに。ここは私が持っていた途上国のイメージを完全に覆した。
それどころか、私の目には、経済数値をあげるためにヒトがストレスに苦しむ先進国よりも先を行っているのでは…と、感じてしまったのである。
日本の着物のような伝統衣装・キラを着た子ども達が、シャクナゲの花を頭に飾り、はしゃぎ声をあげながら、吊り橋の上を走っていく。と、たまたま近くを通りかかったおばあさんが、子供のリュックがほつれているのに気がつき、黙って家に連れていった。鳥の声が響く森の中の一軒家。庭先でおばあさんは手早くそのほころびを直し、おやつにあられとバター茶を差し出すと、子ども達はまた元気よく外に飛び出していった。
ドライな付き合い方こそがいいと思って育った東京出身の私は、そんな些細な出来事に妙に感心した。
童話の中で読んだような世界。それがここには現実として生きている。
こんなこともあった。
ある日、現地の青年と一緒に村を散歩していた。土埃が立つ未舗装道路に、太陽に乾かされて七転八倒するミミズが一匹。私はそれが目に入ってはいたものの、特に意識もせず通りすがろうとした。すると…もう20代も半ばの立派な青年が、黙ってそれをつまみ上げ、わざわざ100mも離れた草むらの日陰にそのミミズを運び、そっと置いたのだ。
実になんでもない行動なのだが、なぜか私はひどく驚いた。
虫やら蝶やらを大の大人が心から愛でているのを見たのは、一度や二度ではなかった。
私にとってはただのミミズ。なのにここではされどミミズ。いい年をした大人がミミズのキモチをさりげなく感じ取って素直な行動に出ている姿が妙に新鮮だった。
「なんで、わざわざそんなことを?」
そんな質問をする私に、彼の方が驚いていた。
「え?……だって…生き物は、生まれた瞬間からみな、生きる権利があるから……」
つげ笠をかぶったおじいさんとおばあさんが、小さな馬に荷を乗せて獣道を歩いていく。聞けば、隣の谷まで二泊三日の親戚訪問行脚。もちろん夜は野宿。「草にもぐれば暖かいし、雨は木がしのいでくれるからね」? ちょうどお昼時だったので、お弁当を持っていた私達は一緒に食事に誘った。
着物のたもとから小さな木椀を取り出し、私達が差し出した赤米をありがたそうに受け取った。そして米をほんの少しつまんで、手の中でくるくる丸める。すると手は水で流すよりもきれいに汚れが落ちた。手の洗浄に使ったお米はどこからともなく寄ってきた野良猫へ。猫がうまそうに米を食べている間に、自分たちは椀の食事をたいらげ、最後ペロペロッと舐めて椀をきれいにした後、再びたもとにしまい込んだ。
老夫婦は照れくさそうな笑みを浮かべて、両手を丁寧に合わせてお辞儀をすると、シャーンシャーンという鈴の音と共にヒマラヤの森へ消えていった。
現代に生きる東海道中膝栗毛だなあと、私は思った。
と同時に、老夫婦の『曇り』のない表情が、私に強烈な印象を残した。
3週間ほどの滞在で、なんだか私は妙に晴れ晴れした気分になって日本に戻ってきた。
そしたら偶然にも、オランダ人の友人からブータンに関するメールが届いていた。タイトルは“What is GNH?”。
安楽死や大麻を合法的に認める先進的なオランダと、伝統を保ちながらの近代化を模索するブータンが首脳会談を行ったのだという。その内容が禅問答のようだったという驚きのメールだった。
オランダの経済学者がブータンの大臣に同情した。「おたくはGDPが低くて大変ですね」と。
オランダ側は当然、それを肯定する答えが返ってくると思っていたら、ブータン側の反応はまるで違った。
「多くの国はGDPという経済指標でニンゲンの幸福を測っているそうですが、我が国ではそのものさしは採用しておりませんので、関係ないのです。代わりに我が国はGNHという指標を基準に動いております」
そこで、そのGNHというのはナンナノダ?と騒ぎになったそうな。ブータン側は答えた。
「Gross National Happiness つまり、国民の幸福が国家の幸福であるという理論です」
オランダの経済学者は目をきょとんとさせて再び訊いた。
「だが君、それは数値でどうやって表すのかね?」
「数値にならないところにこそ、ニンゲンの幸福があるのです」
堂々と言い放ったブータン側に、会場はどよめき、ある学者は混乱し、ある研究者はうなずき、翌日のオランダの新聞には“What is GNH?”という見出しが踊ったのだと、友人のメールには綴られていた。
実際にGNHの国をのぞき見した私は、この話に妙に納得してしまった。
東大の名誉教授である経済学者の先生までもが、GDPに代わる指標を模索し始めている昨今。
私は、これからのニッポンの方向性に、このGNHという考え方がなんらかのヒントになるような気がした。
(次回に続く)