

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-04-12 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
時計がなくても時間がわかる。体内時計って本当にあるんだなあと知ったのは、サラサエモンの行動からだった。
キャンプ場にいる私を、彼は毎朝小舟に乗って迎えにくる。「明日は10時にね」というと9時45分から10時15分の間に。9時にねというと、8時半すぎに。

湿地帯の透き通るような水の中から蓮の茎を取りだし、
それで喉を潤すサラサエモン。
ふと気になってサラサエモンの腕を見ると、彼は時計をつけていなかった。それもそのはず、お父さんの代から人気のほとんどないオカバンゴで船頭さんを続けているという彼は、時間に追われて暮らしているわけではないから時計を持つ必要性もなく、もっと言ってしまえばそれほど経済的に豊かな暮らしをしているわけではなかった。
なのに、こちらが指定した時間通りに毎日彼はやってくる。
本当に不思議だった。ある日、彼に聞いた。「どうしてあなたは時間がわかるのか」と。
大柄な彼は一瞬考え込むようなポーズを取り、しばらく首を傾げて、「わからない」と言った。
「でもどうして?」。しつこくもう一度尋ねた。困ったような顔をしながらぼそっと口を開いた。
「……自然が時間によって変化しているから、かな…」
「音を聞いてごらん。30分毎に聞こえてくる音の種類が違うんだよ」
耳を澄ました。ラッタッターという鳥の声が聞こえる。いくつにも重なったラッタッターという音と一緒にクェーッという声も遠くに聞こえる。それがしばらく経つとラッタッターという音が消え、クェーッという音一色になった。それが今度はキューッという昆虫の音へ。
自然界にはこんなに多種多様な音があったんだっけ。東京でビルの谷間にいた時には気付かない発見だった。
メェーッという音が聞こえる。最初、ここの山羊は木の天辺に登るのかと思った。そしたら尻尾が長くて水平に飛ぶ鳥がメェーッメェーッと山羊そっくりの声を出していたので、思わずのけぞった。
そういえばライオンが近くを歩き回っていた昨日の夜の森は、まさに音の祭典だったっけ。
鹿はウォッウォッと低く咳き込むような声でなき、ハイエナたちはウォーオーと高音から低音に流れるような声で鳴いていた。しばらくするとポキンポキンと蛙の音が水面から聞こえ、するとウーッというライオンの地響きのような声が森を揺るがし始めたんだった。
サラサエモンによれば、空気の色も時間によって違うのだ、と。さらに花の開き方、鳥の動き、虫の活動状態全ての条件から、周囲を観察していれば自然に時間はわかるんだ、と。
日本は体内時計をヒトの体に持たなくなった分、みんなそれを時計や携帯電話で代用している。
ボツワナのサラサエモンやその仲間はそれを体内に持っている。
日本は長距離を歩かなくなった分、車や電車を利用する。
でもボツワナの彼らは、同距離を移動できる能力を己の足に内蔵している。
日本は危険な野生動物を山の中へ追い込んだ。
追い込みきれなかった彼らは、体の中に危険を瞬時に回避する能力を備えている。
周りの環境も含めて考えれば、ヒトはどこにいても一緒なんだなあと思った。
野生動物の危険を回避する能力が己の外に飛び出てしまった私は、最初にいつもキャンプ場の主人から注意を受けなければならなかった。
「テントはニンゲン同志みなでかたまって張って下さい。夜は川からカバがキャンプ場に上がってくるので、トイレに行く時には必ず懐中電灯を持参して下さい。もし不運にも目の前でカバに遭遇したら、ライトでカバの顔を思い切り照らし、カバが眩しいと思っている間に静かに後ろに下がって逃げて下さい」
お陰でサラサエモンといる間、ヒトという動物としての本能はかなり研ぎすまされ、最後の方には空気の匂いから近くに猛獣がいるかいないかを判断できるようになった。
私はニンゲン種としての機能をかなり復活させ、意気揚々と東京に戻ってきた。
ところが。東京にはその能力を使う環境自体がないことに、はたと気付いた。
サラサエモンに鍛えられて復活した体内時計も、コンクリートジャングルでは反応してくれなかった。
するとせっかく身につけた私の体内能力は、やっぱり体外に飛び出して行った。
東京の新宿で人の波に押されながら、しばらく呆然と考えた。
私がボツワナでサラサエモンと見たものはなんだったんだろう? 幻だったのか?
いや……。もしニンゲン種が増殖した東京という環境の方がおかしいと考えてみたら……。
ニンゲンがその他野生動物の一つとして、自然界の均衡を保って暮らしていた頃の地球を見てみたくなった。
(次回に続く)