

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-03-22 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
サラサエモンがパドルを水中に入れる度、水がモコロ(小舟)に吸いつくように回転する。するとそれまで平坦さを保っていた水面が崩れ、渦を巻く。そこで私はようやく、陸地にいたんだと認識する。

オカバンゴ湿地帯には人工的なものが何もない。
それでも決して飽きることがないのは、自然が一秒毎にその表情を変えていくからだ。
「流れ」のある川ならば、水面は常に動き、曲線を描いているが、水流というものがほとんどない湿地帯の水面は、直線的な静の世界。だから何かが動いて水面を波立てない限り、または風でも吹かない限り、張りつめた水面に周囲の自然が写り込み、鏡のような世界を創り上げている。
それをじっと見ていると、一体自分は陸にいるのか水中にいるのかよくわからなくなり、そこに写った鏡の世界に現実倒錯して、飛び込みたいような衝動に駆られるのだ。それに加えて、オカバンゴのニンゲンに出会う数よりも野生動物に出会う数の方が圧倒的に多いという空間が、私が今どの時代にいるのかを理解不能にさせ、一種の虚構空間を彷徨っているような感覚に陥る。
だからたまにでも、サラサエモンがパドルで鏡の世界をたたき壊してくれるのは救いになった。その度に、私はまだ陸地に生きているニンゲンだったことを確認し、ほっとした。
2mほどもある大きな鳥が離陸体勢に入り走っている姿は、翼竜・プティラノドンが舞う世界そのものだった。
セミの抜け殻が息を吹き返したような風体の昆虫が草にしがみついていた。鳴き声を聞くと、コオロギだった。
水路を歩いていたクドゥー(大鹿の一種)は私達に気付くと、大きな体を揺らせて疾走を始めた。一頭、二頭、三頭…。次々にしなやかな体を反り返らせながら、3mほどもある草々としての上を軽く舞っていく。
灌木の間に目が光る。インパラ(子鹿の一種)だった。こちらが少しでも音を立てると、手に吸いつくバスケットボールの如く、空気に吸いつくように弾け飛び、瞬間的に散る。そしてまた少し離れたところから目を引かせる。
森に隠れることもできず木の上から顔を出していたのはキリン。枝葉に顔を乗せるような格好で、こちらをじっと観察している。こちらも負けじと彼らを観察していると、次々に仲間が寄ってきた。向こうは二家族を含めた15頭。こちらはサラサエモンと私の二人。数から言ったら圧倒的にあちらの方が多い。
民主主義という、多勢が標準になるという原理からいくと、私達ニンゲンは明らかに異分子。
息を潜めてその場に居させてもらうのが精一杯、という状態だった。
私達は、地球上でこんなにも増殖を遂げたニンゲン種だというのに、それでもこれほどまでに縮こまっていなければならない場所が、まだある。そう思ったら、悔しいどころかその神々しさになんだか全身に鳥肌がたった。
ニンゲン種だけがいる世界だったら、ただその場にいるというだけで、これほどまでに萎縮をしなければならない機会があるだろうか。周囲のほとんどがニンゲン種だけの世界に暮らしてきた私は、その世界がいかに特殊だったのかを逆に実感した。ほかの種がいたとしてもニンゲン種に頼って生きているペットがせいぜい。時々山から出てくる猿や熊だって、ニンゲン種に見つかればあっけなく囚われの身。やっぱり私が普段暮らしている世界はどう考えてもニンゲン種が圧倒的にその場をコントロールする全権を担っていた。
が、オカバンゴ湿地帯は完全にその価値尺度が逆転している。
ニンゲン種は野生に逆らったが最後、前述のゾウに踏まれて殺された船頭さん同様、あっけなく命を落とすのだ。
ニンゲン種がたくさん暮らす世界では、同じ種の中で悪さをする異端児が国会で糾弾されていたりするのだが、とりあえずオカバンゴではニンゲンが同じ種の中で争っている余裕はない。環境自体がSF映画の舞台装置のような設定では、アウトカーストなニンゲン種は手を取り合って、せいぜいその他大勢の標準種(ゾウやキリンや鳥、昆虫など)にやられないようにするしか、生きていく方法がない。
なんだか、ニンゲン種の手が届かないとんでもない力が、オカバンゴ湿地帯全体を覆っているような気がした。(次回に続く)