

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2002-02-08 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
とりあえず。
頭の中にもやもやしていた「やりたいこと」を紙にしてみた。何をやるにしても、自分一人で行く旅でない以上、周囲の人にちゃんと見せられる「カタチ」が必要だった。

大陸横断バスで私が一緒に旅をさせてもらった人は60名以上。
年齢、肩書き、学歴関係なく、泣き、笑い、感動を
共にした時間は本当に貴重なもの。
左上が運転手のステファン氏。
今改めて引っ張りだして体裁の整っていないヘンチクリンな企画書を見ると、なんだか恥ずかしいやら愛おしいやら。でもとにかくやろうとすることを書き出すというのは、自分の意志をさらに固くする効果があるようで、それを机の前に貼った瞬間から、「これをやらねばオンナが廃る」と思えてしまうのだから、実に不思議なもの。さらにその紙をトイレのドアに貼り、手帳にまで挟んでおくと効果倍増。家の中のどこをウロウロしても自分が追い込まれた感じだった。
まずは人集めをせねばならない。といってもこんなアヤシイねーちゃんが一夜で書き上げた紙っぺら一枚の企画を誰が信じるか。いや、自分でそう思ってしまっては始まらない。人が集まらなければ、集めればいいのだ。できなければできるようになればいいのだと、自分を洗脳するのが大変だった。
アルバイトからの帰り道、星空を見上げながら少しでも「ダメかも…」と思うようなことがあれば、「いや、できない理由がどこにある?ない!」と自分で自分にブツブツ話しかけた。通りすがりの人はさぞ恐ろしかったに違いない。
会う人会う人に喋り、こんなことがやりたいのだと説明した。これまた不思議なもので、こちらが情熱を持って伝えていれば、周囲の人はなんらかの助言、情報を持ってきてくれた。ありがたかった。
そして一ヶ月。60日間の大陸横断予定にかかる費用は、車の改造費、ステファンほかもう一人の運転手さんのギャラを合わせて約130万円。一人当たりの負担を十数万で抑えるためには最低8〜10人集める必要があった。がこの時点で行くと明言してくれていたのはたった3人。
どうしよう…。よし、こうなったら電柱にビラを貼ろう。
海外旅行好きの人が行きそうな場所に手当たり次第ビラを置いてもらい、電柱の前を通る度にスプレーのりを噴霧。時悪く、かの有名な宗教団体がサリンを巻いた時期と重なったので、マスクをし紙袋をひっ下げて白いスプレーを電柱に向かって吹きかける私を、通行人は怪訝な顔で睨みながら立ち去った。
私は犯罪を犯そうとしているんじゃない。大陸横断して広い世界が見たいだけなのよ。
情熱に裏打ちされた自信があればこそ、他人にどう思われようが全く気にならなかった。
ヤル気とムチャの実現の可能性は比例関係にあると、この時思った。
ヤル気さえあれば、かなりのことはできてしまうものなのだ。
見知らぬ人からぽつぽつ電話がかかってきた。糸をたぐるうちに興味を持ってくれた人が集まった。
さて。今度はどうやってその人達に自分がいかがわしくないことを説明するか。
自分が自分に対して正直でいれば、それが自然と説得力になった。
今思えば、あの旅に参加してくれた人が、よく私の個人口座に疑いもせず大金を振り込んでくれたものだとつくづく思う。私はその集めたお金を、指定されたステファンの口座に国際送金した。初めての作業は本当にワクワクした。
ところが。今度はステファン氏からの連絡がぷつりと途絶えた。彼とはまだそんなに信頼関係ができていなかった。
だっ、だまされたか…。二週間ほど胃の痛さにのたうちまわり、参加予定者の前ではひきつった笑みを浮かべていたところに、かかってきた彼からの電話。「中古のベンツも買って、準備できたよ」。
地獄から天国にやっと上がった!と万歳三唱をしていたところに、また地獄が来た。
通過国イランのビザがどこへどうトライしても取れないのだ。
ガックリ肩を落としながら、藁にもすがる思いで今度はイラン人を探し始めた。端から端から絨毯攻撃でイラン人をつかまえては、ビザの発給に協力してくれるかと尋ねた。が、返答は思わしくない。
そして出発の一ヶ月前。最後の頼みの綱と思って、それまでに収集した名刺をひっくり返した。中に一枚だけ旅行会社のイラン人のものを見つけた。……ダメもとと思って、「ビザ下さい」ファックスを送ってみるか。
諦めつつも“やってみる”ことがなんと肝心なことか。即日発行であえなく取れてしまった。
これで準備万端、出発前の興奮度は200%くらいに高まっていた。
じゃ、勢いに乗って、スポンサーを探してみよう。
100社に企画書を送った。ゴミ箱行きになって然るべきだとも覚悟していたのに、なんと5社からお返事を頂いた。
結構世の中って捨てたもんじゃないなと思った。こちらのヤル気は紙に刷り込まれてちゃんと相手に届くのだ。
すべてが滑り込みセーフ。チケットを取り、参加してくれる人とのミーティングを開き、情報を集めたスクラップを片手に空港へ着いた時にはもうくたくた。でもなんだか体の中に生きてる充実感があるのが不思議だった。
そうして始まった大陸横断バス。想像するのと実際行くのとは大違い。自分の身に起こった出来事はまさに珍奇珍妙、奇々怪々。脳みそが上下左右斜め60度から270度にまで引きづり回されたような体験だったけれど、やっぱり今つくづくやって良かったなあと思っている。
さて。その旅の途上で見聞きした出来事やいかに?(次回に続く)