2001-12-19 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
いきなり辛気くさい話で申し訳ないが、僕が働いている出版業界は今たいへんな不況に喘いでいる。本がぜんぜん売れないのだ。
しかし方や古本業界に目を移せば、これが年々上昇のカーブを描いている。理由は最近、街のいたる所に見受けられる「BOOK OFF」などの大型古本店の台頭にある。

その売り上げは定価に換算すると漫画で1300億円、一般書籍なら500億円に相当する。つまり本そのものは今でも売れているのだ。新刊書籍の年間売り上げが約1兆円だから、およそ20%がいまや大型古書店に奪われている計算になる。ぶっちゃけて言うと出版業界にとって古本屋は営業妨害。本を売るということでは共通の仕事なのに、皮肉にも敵対関係にあるのだ。
日本ペンクラブは今年5月、この事態を憂慮し、大型古本店、さらにマンガ喫茶や図書館に至るまで「著作権侵害である」と声明。「粗利75%という莫大な利益を上げながら著作権料を一切払わないなんておかしい」というのが声明の内容だ。
僕も出版界のはしっこで糊口を凌いでいる立場。日本ペンクラブのおっしゃることもよ〜くわかる。出版界の不況がさらに深まれば、僕も本が出せなくなるし、仕事がなくなって、ごはんが食べられなくなる。
でもなぁ、中学・高校・大学と、お金がなくて新刊が買えず古本屋さんにお世話になった僕は、どうしてもライバルの味方をしたくなる。
まず著作権侵害だと言うけれど、人が買った本は、そのあと売っぱらおうとどうしようと本人の勝手なのだ。この騒動は「新刊に近しい本が即、半値以下で売られてしまう」ということが一番のネックになっているのだが、だから売るなと言うなら、この住宅事情が逼迫したニッポンのこと、本は捨てるしかない。僕は自分が出した本が捨てられるくらいなら、古本屋さんに売ってもらって、また別の人の手に渡ったほうがよっぽど嬉しい。「自分の本が古本屋に売られているのを見つけて悲しくなった」という作家もいるけれど、僕は古本屋に自分の本が並んでいると感激してしまう。
「あぁ、僕の本がまた別の人生を歩むんだな。いい人の手に渡れよ」と我が子を見送る気持ちになる(それは僕の本が、どこの新刊書店でも必ず並ぶほどメジャーじゃないっていうのもあるんだけど)。
確かに古本が何冊売れようと著者には印税が一銭も入らない。死活問題だ。しかし古本を読んでファンになった人が、新刊を買ってくれることだってあるだろう。洋服だって試着室があり、気に入らなかったりサイズが合わなければ買わなくて済むようになっている。古本屋は「試読室」だとは考えられないだろうか(もっとぶっちゃけて言うと、大手出版社にとっては古本屋はうっとうしい存在なのだろうが、弱小出版社にとっては倉庫に眠ったまま動かない在庫を買い取ってくれるアリガタイお得意さまでもある。日本は在庫の本にも税金が課せられるのである)。
それからもうひとつ。僕は日本のあちこちを取材旅行してまわっているけれど、地方に行けば、国道沿いの大型古本店しか書店がない街も少なからずあるのだ。悪い部分を先に言えば、こういう大型古本店が地方に進出して本を安く売ってしまうので、小売りの新刊書店が成り立たず潰れてしまうという弊害がある。しかし、良い部分もある。書店が圧倒的に少ない地方都市では、住民の読書習慣は古本屋が支えているという現状も確かにあるのだ。だから書店に恵まれた東京から大上段に構えて「古本を売るな買うな貸すな」と叫ぶのは、どうかと思う。著作権侵害も由々しきことだが、僕はそれ以上に日本から読書習慣が絶えることの方が怖い。たとえ新刊ではなく古本であっても、人々が書店に足を運んでいる状態はキープしたいのだ。そう、本をめぐる周辺事情は常に二律背反にさらされているのである。カラオケやCD・ビデオのレンタルショップのように著作権料を支払うシステムが確立すれば新刊書店と古本屋さんは共存できるんだけど、それは簡単なことではないだろう。
で、ここで綱島理友さんの古本探索エッセイ『よろず古本 綱島探書堂』をお勧めする。実は、この本をここで紹介するのはチト著者に申し訳ない気持ちが僕の中にある。この本では情緒のない大型古本店の台頭に批判的だからだ。なぜ批判的なのか、この本にはその理由がひじょうにわかりやすく、かつ納得できるよう書かれているので、ぜひ僕のコラムと読み較べていただきたい。ただひとつ言えるのは、同じ出版の世界にいながら僕と綱島さんで古本屋さんに対する考え方が違うということは、それだけ古本屋さんには人それぞれの熱い想いがあるということ。古本屋さんって、人それぞれにとても優しいのだ。
この本は古本屋を探して街のあちこちを駆けずりまわる面白エッセイ集だが、縦軸として「野球の歴史本探し」がある。綱島さんは、なんでも書けるマルチなライターで、僕の憧れの人だが、最近は野球エッセイの第一人者という印象が強い。野球マニアを広言する人でも知らないような、すでに存在しないチームの歴史、チーム旗、過去のユニフォーム、戦後間もなく野球連盟のライバルとして登場し、わずか1年で消えてしまった国民リーグなど、この人は本当に詳しい。
そしてそれらルーツを探るべく古本屋を探し東奔西走する。いまのプロ野球はセパ6球団づつだが、昭和20年代後半はパ8・セ7という時代があった。なのでパの一軍とセの二軍が戦うという試合があったのだ。セの二軍で結成された新日本リーグには阪神ジャガーズ、広島グリーンズなど俄かに信じられない名前のチームがあった。しかし当時の資料は今や殆ど残っていない。野球体育博物館や国会図書館にもない。綱島さんはそれを遂に古本屋で探し当てる。そこには往時、お金のなかった新日本リーグのこと、ユニフォームを着たままファンと電車で遠征したり、次の試合に待機するため観客席にいた選手が、思わずホームランボールをキャッチしてしまったなどホノボノとした情景が甦る。野球を愛する綱島さんは、古本屋というタイムマシーンに乗って自分のバックボーンのルーツを遡ってゆく。このあたり、すごくいい感じだ。
古い本を手に取るということは、かつての自分と対峙するということなのだ。