2001-12-12 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
書籍の世界には「タレント本」「アーティスト本」と呼ばれるジャンルがある。文字通り芸能人の書いた本だ。最近では飯島愛の『プラトニック・セックス』が各国語訳され世界的なベストセラーとなった。
で、このジャンルには、残念ながら「読んでても、あんまりカシコク見られない」「電車の中で堂々と読むのがハズカシイ」という偏見が根強く残っている。最近では古書発掘ライターの吉田豪氏などの尽力によりタレント本の再評価が著しいが、とはいえ世間のタレント本に向ける目は、まだまだ冷たい。冬休みの宿題にタレント本の読書感想文を提出したら、先生も眉間に皺を寄せるだろう。しかし、いつまでもそういう偏見に囚われていると、歴史的な名著を見逃してしまいかねない。
本をけっこう出しているタレントといえば、思いつくのがアルフィーのギタリスト坂崎幸之助。もともとクラシックカメラ蒐集や魚類ハ虫類飼育のエキスパートとして有名で、『ネコロジー〜ノラ猫トイとその仲間たちの物語〜』や『フォクトレンダー・ストリート・スナップ2000』など音楽以外の著書をたくさん刊行している趣味人だ。また吉田拓郎の本では撮影を担当するなど、カメラマンとしての腕前も玄人裸足。

そんな氏の新刊が『和ガラスに抱かれて〜坂崎幸之助のガラス・コレクション』。実はこの本、日本製ウランガラス(ガラスのなかに放射性物質のウランを溶融させ、黄緑色に輝くよう色づけされたもの。人体への影響はない)の紹介に多くの紙数を割いた本として本邦初にして世界初! 骨董の世界では「事件」とすら呼ばれている超快挙なのだ。「あ〜、またタレント本かぁ」なんて思って通りすぎていると、こういう事件に気付かない。
坂崎氏のガラス蒐集は、クリスタルグラスや江戸切子のような高価なものではなく、どこの家庭の食卓にも置かれていたしょうゆ瓶や、酒屋さんやメーカーが販売促進のために作った景品のコップや皿、駄菓子屋が甘い寒天を固めて売った通称「ぺろぺろ」と呼ばれるお菓子の容器など、庶民的なものばかり。たぶん自身が酒屋さんの息子なので、景品のガラス食器に原風景を見たのだろう。蒐集したガラス製品の多くはプレス(型)に溶けたガラスを流し込んで大量生産されたもの。なので、気泡が立ちまくり、厚ぼったく、手ざわりもゴツゴツ。なかにはちゃんと立たないものもある。
しかし坂崎氏はそういう稚拙な感触がいたく気に入り、関東中の蚤の市やガラクタ市に早朝から日参。アルフィーの全国ツアーで日本中の熱狂的ファンから凄まじい声援を受ける大スターながら、翌朝はまだ陽ののぼりきらないうちから地元の神社などで開催されるボロ市に赴き、埃だらけのガラスを物色し続けた。この本は、そんな坂崎氏の誇りと埃にまみれた集大成である。
どの章も、自身で撮影した写真が愛らしく(ガラス撮影はプロでも難しいのだ。氏のカメラテクニックは、やっぱりスゴイ!)、冷たいはずのガラスが、とても温かく見える。果物や冷やしそうめんを盛ったのであろう紋様入りの皿に至っては、これほどズラリと並ぶと雪の結晶のように美しい。見ていてドキドキしてしまう(土器じゃないけど)。
しかし、なんつっても圧巻は先述のウランガラス・コレクション。ある日、坂崎氏は知人のガラスギャラリーで、とてつもなく幻惑的な光景に出くわした。真っ暗な部屋でブラックライトが照らされるなか、ガラス食器が煌々と発光している。あまりに美しくも妖しい輝きに「うわー、これはアッチに連れて行かれる!」と一挙に虜に。そして自分もさっそく東急ハンズでブラックライトを購入。試しに家のガラスコレクションを照らしてみたところ、あるわあるわ発光している食器。ガラスが「私は生きている」と自己主張している。氏は自分で気がつかないうちにウラングラスの蒐集家になっていたのだ。
和製のウラングラスの評価額はまだ定まっていなかった。なんせブラックライトで照らすまで正体がわからないので、売る方が気がつかない。坂崎氏は露店のゴザをライトで照らしながらウラングラスを発掘し続けた。当然、怪しまれる。「アンタ、さっきから何してんの?」「いや、ガラスが割れてないか確かめようと思って」。そうアヤフヤに答えながら安いウラングラスを蒐集し続けた。ところが氏がそのコレクションを雑誌で開陳してしまったから、さー大変。ウラングラスの人気は一挙にアップ。値段はみるみる吊り上がり、自分のせいで「自分では買えない」値段になってしまったのだ。
ウラングラスは本当にきれいだ。明治時代から息づいた「庶民生活の輝き」である。この輝きは、例えるなら『星空のディスタンス』。まさにアルフィーの音楽ではないか。