2001-12-05 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
皆さんの中には、将来リュックサックを背負って世界を放浪するバックパッカーツアーを夢みている人もいるんじゃないかな。聞いた話では「社会人になってしまったら、なかなか長期の旅行もかなわない。大学時代しか放浪の旅なんて味わえない。だから頑張って大学に進学する」という受験生もいるという。大学は、それぞれがさまざまな目標で門を叩けばいいのであって、その夢、問題ナシ!
それに最近ではバックパッカー・ファッションが“カメ族”なんて呼ばれて、ちょっとオシャレみたい。オシャレだからバックパッカー、というのでは不純に思われるかもしれないが、どんな動機であれ世界を旅してみるのは悪くないことだ(とはいえヒッチハイクは危険すぎるから、お薦めしないよ)。
僕らのいる出版の世界にも“2大カリスマ・バックパッカー”がいる。男性なら蔵前仁一さん、女性ならグレゴリ青山さん。このふたりの影響でバックパッカーになった人も多く、インドをさまよう若者のリュックのなかに、ふたりの著書が入っていることは本当に多いという。そういえば数年前、『ムトゥ踊るマハラジャ』きっかけに空前のインド映画ブームが巻き起こったが、もっとも早く日本にインド映画の楽しさをわかりやすく紹介したのは、確かグレゴリ青山さんだったはず。本職が漫画家である彼女の手で活筆されたインド映画イラストロードショーは「そんな桃源郷のような楽しい映画がこの世にあったのか!」とワクワクしたものだ。

とはいえ、いきなりの長期旅行はコワイ。世界は治安の悪い場所でいっぱいだ(まぁ、日本だって決して治安がいいとは言えなくなったが)。そういう人は、この本から始めるのが最適。グレゴリ青山さんの最新刊『旅で会いましょう。』は、いままでの著書とはうってかわって、週末を利用して行ける「ミニミニ放浪記」。わずか数日でも楽しい出会いとカルチャーショックが味わえるんだよと教えてくれる。
この本は、内田百ケンの随筆『特別阿房列車』の引用から始まる。
「用事がなければどこへも行ってはいけないと云ふわけはない。なんにも用事はないけれど、汽車に乗って大阪に行って来やふと思う。」
この言葉に乗せて、なんにも用事はないけれど、普通は誰も行かないけれど、だけどなんだかソソられる旅へ出発進行。富山〜ロシアの定期便で(そんな船が出てるって知ってた?)たった半日のウラジオストックの旅。中国の港町、大連の旅。台湾で激ウマのカキ氷に出会う旅。韓国でわざわざ健康ランドと銭湯めぐり。日数が限られているのでワンテーマの旅になってしまうが、だからこそ日本とのお国事情の違いが明確に見えてくる。ロシアへの船旅では、短い日数の間にいきなり情熱的な男性にアツすぎる歓待を受けてしまうし、台湾では漫画家だというだけで大人気(実は単にさくらももこさんと間違われていた)。中国のウェンミャオという観光客がまず訪れることのない街では、間違って地元の人たちの喉じまん大会(下手な歌には容赦ないブーイングが飛ぶバトルロイヤル歌合戦)に紛れ込んでしまうなど、パック旅行では決して味わえないシーンに何度も何度も立ちあってしまう。もう笑えて笑えて、お腹いたい。
そんなグレゴリ青山さんだが、寂しさを感じる光景にも出くわす。中国は「発展!」の2文字を旗印に今どこも大規模な国家プロジェクトで地上げブーム。「世界1位」「中国1位」が日々更新される超高層ビルの建設ラッシュで、世界遺産に選ばれてもおかしくない上品で重厚な建築物がどんどん取り壊されている。愁いを帯びた大連の街も、ジャズが似合う上海も、無機質なコンクリートジャングルに変わろうとしている。そのビル建設の多くが「見切り発車」で、途中で予算がなくなって既に廃墟化しているものも多いのだ。 日本を手痛い目に遭わせたバブル崩壊。アジアの至る所で同じ過ちを繰り返そうとしている。あかんあかん! 世界共通である人情の機微を描いたこの本を各国語訳して、なんとか悪しき動きを食い止められないものだろうか。