2001-11-28 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
もしタイムマシンがあったら、僕は江戸時代の渋谷に行ってみたい。
毎日毎日まるでお祭のように人の波でごった返す渋谷。ファッション、音楽、映画、本、雑貨、スケートボード、BMX、グルメ、クラブ、カフェ、すべての流行の先端がこの街に集結。それらを求めて全国から若者が集まってくる。そんな渋谷の駅を降りて六本木方面に歩いてゆくと「金王(こんのう)八幡宮」という神社が現れる。トレンドの発信地・渋谷へわざわざ神社参りに行く人もあんまりいないと思うが、まぁそう言わずに、レコードを買うついででもいいから一度訪れてみてほしい。そこには驚くべき「石」が境内に置かれているのだ。境内に置かれた、腰の高さくらいの石。見た目にもなんの変哲もない粗末な石だ。そこには、こう書かれている。「渋谷城 砦の石」。
し、渋谷城? 昔は渋谷にお城があったの!? 平安末期から江戸時代にかけて、この地は渋谷家重が統治していた。この辺りには氏の居城があったという。砦の石は、かつて「渋谷城があったという説」を証言する、ただひとつの城址。証拠が石っコロひとつだけなので本当にお城があったのかどうか、実はまだよくわかっていない。だからタイムマシンに乗って、この目で確かめてみたいのだ。もし今もお城が残っていたら、天守閣からコギャルファッションのメッカだった109や、パルコや渋谷HMVやBunkamuraが見渡せたのだ。これって、なんか素敵やん?(by島田紳助)。
東京を隈なく探ってゆくと、こんなふうに江戸時代に連れていってくれるポケットに遭遇することがしばしばある。例えば相撲で知られる両国。両国は相撲以外にも忠臣蔵で有名な街だが、ここにはものごっついホラーな名前の井戸がある。その名も「吉良の首洗いの井戸」。これは忠臣蔵のヒール吉良上野介の首を切りとって、この井戸で洗ったのが名前の由来。こわ! 地元の人の話では「吉良上野介は、そんなに悪い人じゃなかった」「名君だった」らしい。両国に行ってみないと『仮名手本忠臣蔵』のイメージのまんま受け取るところだった。12月はクリスマスを前にみな浮かれ気分だが、日本人なら12月14日に忠臣蔵メインステージを訪ねてみるのもオツなもの。

教科書の歴史年号記憶は退屈極まりないが、このように実際に街を歩けば往時の光景が鮮やかに浮かび上がってくる。なんたって東京は「江戸」だったんだから遺跡の宝庫だ。街歩き実習の副読本にイラストレーター田中ひろみさんの『うさぎちゃんのわくわく江戸散歩』を推薦したい。可愛いうさぎちゃんのイラストと田中さんのクールな文章で江戸案内。
「上野の西郷隆盛像は本人とぜんぜん似てない」「神田明神には、実在しないのに銭形平次の碑がある」「遠山の金さんはテレビでは桜吹雪の入れ墨を入れているが、本当は女の生首の絵だった」「四谷怪談のお岩さんは本当は死ぬまで誰も恨んだりせず、すこやかに逝去された」、あとこれは江戸時代の話じゃないけど「童謡『赤い靴』の女の子は、実は異人さんに連れられてゆく寸前に麻布で病死していた」など驚くべき事実が続々! 僕はこの本こそ「新しい歴史教科書」と呼びたい。