2001-11-07 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
まだ11月中旬だというのに、街ではもうクリスマス商戦がスタート。雑貨屋さんでは早くも柊のディスプレイ。クリスマスケーキの予約もはじまったし、クリスマスライブのチケット発売もズラリ。テレビも最近やたらゲームやおもちゃのCMが多い。さらに年賀状の発売も開始。「アッ」ちゅう間にクリスマスやお正月だ。君ら、ええなぁ。クリスマスプレゼントにお年玉にと、貰いまくりやがな! 年齢的に「やる側」に身を置くようになってしまった僕は、羨ましいやらムカつくやら、大忙しである。プレゼントやお年玉、余ったらちょーだい(余らん余らん)
BUT! 諸君は当たり前のようにプレゼントやお年玉を貰っているが、ちゃんと母の日や父の日に親孝行してる? 「母の日、父の日。何月だっけ?」てな人も多いだろう。
おっと。「失礼な! ちゃんと憶えてますよ。母の日にはカーネーション、父の日には靴下やネクタイを贈ってますっ」。そんな律儀な人の声も聞こえてきた。申し訳ない。
しかし、なぜ母の日にはカーネーションなのだろう。母の日は1908年にアメリカはウエストバージニア州のアンナ・ジャービスさんが、教会の日曜学校の先生だったお母さんの命日を特別礼拝日にしようと提唱し、その6年後にアメリカの国民祝日となったのがはじまりだ。カーネーションは「女性の社会進出」の象徴とし、胸に差したことの名残。
父の日は、母の日運動が行われた翌年、ワシントン州に住むジョン・ブルース・ドット夫人が、南北戦争後に荒廃したアメリカで、男手ひとつで6人の子供を育てた父親に感謝を込め「母の日があるなら父の日も作ってください」と嘆願。7年後の1916年に公的に制定された。靴下やネクタイなどプレゼントに黄色いリボンを結ぶのは、黄色いリボンがアメリカでは戦場で身を守る色とされているから(そういえば『黄色いリボン』というジョン・ウエインの映画もある)。

このように先人たちの運動によって母の日、父の日は日本も含め世界46ケ国に広まったわけだが、ある意味、形骸化してしまったとも言える。まるでバレンタインデーにチョコレートを渡すように。考えてみてほしい。あなたがお母さんになって、子供からカーネーションを貰ったら嬉しいだろうか。いや嬉しいだろうが、それは「祝ってくれた」嬉しさであって、花そのものを喜んでいるわけではないだろう。靴下やネクタイは実用品だから喜んでくれるだろうが、黄色いリボンは気にもしてくれないはず。むしろカーネーションのことは忘れても、幼少期のオリジナル「肩たたき券」は、いつまでも大事に取っておいてくれたりするものだ(なかには貰ったハシからすぐ使っちゃう本当に肩がこった親御さんもいるだろうが)。
あなたがサンタクロースに祈ったプレゼントを親御さんが東奔西走して探しだしてくれたように、親御さんへの感謝の表明も、実はオリジナリティが問われるのである。これは親と子の心理ゲーム、頭脳戦と呼んでもいい。
みうらじゅんさんの『新「親孝行」術』は、いざやろうと思ってもなかなか難しい親孝行を「親孝行はプレイである」を旗印に、親御さんに「うちの子、なかなかヤルじゃん」と思わせるアノ手コノ手の作戦が満載。「親孝行、したいときに親はなし」という諺がある。また皮肉にもこれをもじって「親孝行、したくないのに親がいる」なんて口の悪いことを言う人も。「親孝行? ウゼ」と思ってるアナタも、これ読めば親孝行したくてウズウズするはず。目指せ親孝ラー! さーて僕も年末は久々に帰郷しようかな。何年ぶりだろ……(この親不孝者!)。