2001-10-10 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
松本創(はじめ)という青年をご存知だろうか。NHKの人気番組『真剣10代しゃべり場』の一期生で、すこぶる弁の立つ和服の男の子といえば「ああ! あいつか!」と膝を打つ人は多いかもしれない。
創くんは小学校5年生のとき、暴力と暴言といじめを繰り返す異常な教師が担任となり、以降学校のありかたそのものに疑問を持つに至り不登校児に。その後、不登校児の集まるフリースペースやヒッチハイク、劇団などで知識を培い、しゃべり場ではアツく活発な議論を繰り広げた。
その筋の通った意見は多くの同世代の共感を呼び(また、ちょっとカッコイイこともあって)彼のファンサイトがいくつもできるほどの人気。反面「学校を見捨てた」と、あまりにも堂々と言い切る態度に「小学校中学校は義務教育なのに、それを放棄しておいて何がそんなに偉いのか!」と、賛同を上回る量の批判も浴びた。共感と反発。どちらにせよ、彼は目が離せない男の子だったのである。
山田洋次監督の『学校 十五才』という映画が昨年公開された。中学に行かなくなった少年がある日、両親に内緒で九州・屋久島の縄文杉を目指しヒッチハイクを重ねるロードムービー。この映画は実は創くんの実体験を元にしている。ただ違っている点は、映画の主人公は屋久島の原生林という、もうひとつの「学校」に出会い復学を決意するが、創くんは学校には戻らなかったのだ。この原稿を書いている現在、創くんはヒッチハイクで北海道を目指している。

そんな彼が『しょうがねぇじゃん 俺生きてるし』という本を書いた。タイトルがいきなり捨てばちで、それでいて挑戦的で、読む前から読者にナイフの切っ先を突きつけてくる。学校との闘争、不登校へ至ったいきさつ、フリースペースでの様々な人々との出会い、飲酒、万引き、バイク、そして映画の原案となった屋久島へのヒッチハイク行脚、最後は愛するフリースペースが閉められ居場所を失い、自らが「人があるがままに居られる場所を作ろう」という決意が述べられている。
まぁー、スゴい本だ。想いがとめどなく溢れ、溢れまくり、溢れ過ぎて文章がメチャメチャだ。漢字もひらがなも文法も混乱している(屋久島旅行記の部分が突如読みやすくなるが、この部分だけ映画の助監督に直してもらったらしい)。また、真面目に学校に通っている中学・高校生の読者からすれば「学校行かずに自立しているのかと思ったら、親から小遣い貰ってんのかよ!」「学歴なんか関係ないと言うが、君が単に学歴が関係する世界に興味を持ってないだけじゃないか」と腹ただしくもなるだろう。実は僕もそのひとりだった。だから決して良書とは言わない。ただ、とにかく、ありとあらゆる感情に揺さぶりをかけてくるので、起爆剤になること請け合いだ。
そうやって反発心を芽生えさせながらも、この本はグイグイ読む者を捕らえて離さない。楽しいと思うことがらに背を向けず、世間の目を気にせず堂々とし、信じるままに突き進む疾走感がたまらない。創くんのいくつかの意見には同意できないが、15才から「自由な居場所を自らの手で作ろう」と考え、それを実行しようと現在進行形で直進する姿には「ムカつくけど神々しい」ものを感じてやまない。これはたぶん、嫉妬なのだろう。