2001-09-12 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
前回に引き続き、今回も短歌の本を紹介します。なぜ2週に渡って短歌の本を取り上げているのか。それは数ある文芸のなかで、いま短歌がもっとも熱いシーンだと言って間違いないから。
五・七・五・七・七。たった31文字の中で繰り広げられる凄絶な言葉のせめぎ合い。肌をそぐよな言葉の切れ味。短歌にはそれがある。長編小説ですら書ききれない深い感動がある。思わず立ち止まってしまうほどの言葉の強さ、迫力がある。それでいて人の心を一瞬で温かく包んでしまう広大な優しさと寛容もある。実際いまネットを中心とした若い短歌作家の活動が活発だ。前回紹介した加藤千恵さんは皆さんと同世代の17歳。
「短歌って石川啄木とか与謝野晶子とか、あーいうビンボー臭いヤツ? ご勘弁」と思われる方も多いだろう。学校で習う近代短歌は、確かに退屈だ(誤解しないで。近代短歌は授業じゃなければ面白いんだから)。でも短歌は本来そういうもんじゃない。限られた文字数という規定以外はなにも制限がない、季語もいらない、極めて自由で、それゆえメッセージ性がひじょうに強い刺激的な、パンキッシュな表現なんだ。言葉で聴く人を爆撃(タイムリーでしょ?)してゆくラップが好きで、将来ヒップホップアーティストになりたいなんて人は、短歌に触れてみることを強くお薦めする。

そして、この短歌ムーブメントの火つけ役となったのが枡野浩一さんだ。NHK『スタジオパークからこんにちわ』で「かんたん短歌塾」の講師をしてらしたスキンヘッドの歌人、と言えば観たことある人もいるかも。氏の「かんたん短歌」が及ぼした影響は大きい(実は前回紹介した加藤千恵さんの短歌集をプロデュースした人である。ちなみに“かんたん短歌”の命名者は糸井重里氏)。
氏の詠む短歌は、文字通り選ぶ言葉は簡単ながら、そこにはキツイけど深い感動がある。寂しさを押し殺して生きる若者たちの姿を、「そこまで言うなんて」と思えるほど逃げ隠れせず描く。「かんたん」な言葉たちが読むものに尋常ならざるシンパシーを抱かせる。
「前向きになれと言われてなれるならば悩みはしない」「本当のことを話せと責められて君の都合で決まる本当」「もっともなご意見ですがそのことをあなた様には言われたくない」「かなしみはだれのものでもありがちでありふれていておもしろくない」「年齢を四捨五入で繰り上げて憂えるような馬鹿を死刑に」「五年後に仕返しされて殺される覚悟があればいじめてもよい」「有罪になりたいがゆえ今いちど罪を重ねるごとき口づけ」
こうして並べているだけでも恐ろしい、でも深く沁みてゆく言葉たち。
枡野氏の短歌はつねに良薬だ ときに苦いし傷口に沁みる