2001-08-01 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
本屋さんの世界では「ニッパチ」という言葉がよく使われる。そしてこのニッパチ、かなりの嫌われ者だ。
ニッパチとは「2月、8月」の略。この2ケ月間、本の売り上げがガクンと落ちる。とくに8月はヒドイ。理由はしごく簡単。このクソ暑いのに、誰も小さな字がびっしり詰まった本なんかウザくて読む気にならないからだ。2月は逆にコタツで背を丸くして本を読むのは楽しそうなもんだが、雪が激しくて誰も本屋さんに辿り着けないのである。
しかし今年は特に暑いッ。気温は観測史上4位にまでハネあがった(誰もハネあげてくれなんて頼んでないのに)。連日連日うだるほどの熱帯夜。大昔は熱帯夜なんてなかったんだよ。地球の温暖化はマジでヤバイ。

ま、それは置いておいて、皆さん本を読むどころか、ものを考えることすらダルいだろう。そこで今回は、字が少なくって、涼しげな写真がいっぱいで、それでいてちゃんと心のビタミン剤になってくれる本を紹介しよう。『よみもの 無目的』だ。
書名通り、この本はあてのない散歩の本だ。路上観察家の赤瀬川原平が散歩の途次に、ふと気になった風景を写真(主にライカ)におさめ、それに短いエッセイを寄せている。
どのエッセイも押し付けがましくなくて、打ち水をした路地からすだれを通ってそよ吹く風のように涼やか。写真に写った光景の影は、どれも横にたなびいている。たぶんほとんどが夕刻に撮影されたものだろう。陽が落ちようとするときの、あのやわらかいけど鋭い西日が写っている。
春はあけぼの、夏は夜、と言ったのは清少納言だが、僕は異論を唱えたい。夏の一番いい時間は、昼の煮えたぎる暴力的な暑さが、夜の蒸し器のようなベタついた暑さにすり変わる前に、一瞬クールダウンしてくれる、わずかな夕方が好きだ。ほっとするけど、どこか切ない、あのかすかな時間が好きだ。この本の写真を見ていると、より確信を強くした。野良ネコや飼いイヌの微妙な表情を捉えた見事な写真も多いので、動物好きの方にもお薦めしたい。夕焼けはえる公園のベンチで、冷たい飲み物でもクピッとやりながら読んでほしい(僕は大人なのでビール)。
この本の帯には「片手でも読める小さな哲学」と書かれている。短くて読みやすいセンテンスに、とても大事なことがしのばせてある。たとえば筆者は、電線のこんがらがった電信柱に乱調の美を見てとり、「ノイローゼのハーモニー」と名付ける。
「ノイローゼというのはつらいものだが、そのノイローゼの姿をはたから見ると美しかったりする」。そうだよなぁ。「目的」に向かって突き進む人もカッコいいが、ときに道に迷い、悩み、「無目的」に陥ってきょろきょろしてる人も、それはそれで魅力的だ。