2001-07-04 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」
これはシェークスピアの戯曲『ハムレット』のなかでの有名すぎる名台詞だが、我々はこれを凌ぐ、ある苦悩を抱えて生きている。
「目玉焼きには醤油をかけるべきか、ソースをかけるべきか、はたまた塩か」 という大命題である。
これは本当に個人差のあるテーマだ。「目玉焼きには醤油。決まってんだろ!」「ウスターソース、これしかない!」「ソースをかけるという点では君に異論はないが、そこは『とんかつソース』であるべき。ウスターソースは同意しかねる」「ナンセンス! 異議あり! 塩万歳!」「うちじゃケチャップなんですけど……」「え、砂糖じゃないの?」と意見が千々に分かれる。さらにこれに「目玉焼きは半熟か、それともウエルダン(よく焼く)か」という新たな議論が生じ、夜を徹してディベートしても結論は導き出されない。それほど深玄かつ哲学的な問題なのである。
このように食生活には、各人の“生きざま”と呼んで大袈裟ではない個性が反映されるわけだが、こういった嗜好の違いは日本各地の風土、習慣、県民性によって色濃く影響しているのではないか、と気が付いた本がが『食品サンプル観察学 序説』。

この本は彼がかつて日経新聞で大人気を博した連載「偏食アカデミー」をもとに編集したもの。この連載では「天ぷらはソースをかけて食べるか?」を読者に問い、地域ごとの「ソースかけ率」を調査。関東以北で“ソースかけかけ習慣”は皆無に等しく、西日本では逆に多くの家庭がソースをかけて食べる(ちなみに僕の実家もソース。やっぱイカの天ぷらにはウスターソースだよね〜。え、違う?)。この結果をもとに食卓に乗るソースの発生起源に遡ると、明治時代に大阪の三ツ矢ソースが「洋式醤油」として販売をはじめたが明らかになった。大阪が「天ぷら・オン・ザ・ソース」なのには、理由があったのだ。
そして著者は全国のメシ屋のショウウインドウを調べてまわり「うどん」「チャンポン」「カレー」「寿司」、果てはマクドナルドまで、国民食と呼ばれる食べ物にも「方言」があることをつきとめた。僕はこれを読んで、「四国ではうどんでおでんを食べる」「金沢は他人にものを食べているところを見られたくなく、ファーストフード店が発展しない」など調査結果に驚きながら、嬉しくなった。日本中が同じ味のものを、同じように食べるなんて面白くないもの。
で、先述の目玉焼きですが、僕は醤油派。あなたは?