2001-06-13 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
僕は大阪芸大出身で、実習授業のほとんどがデッサン、レタリング、ポスターカラーでデザインする色彩構成、造形作品を作る立体構成に充てられていた。不器用な手先を呪いながらの悪戦苦闘。軽々と作品を仕上げコンパに繰り出す同級生を尻目に、夜を明かしてケッタイな作品を作り続ける日々。さらに課題すらクリアできないでいるのに、200人中たった6人しかいない女子のひとりに恋をし、授業以上に恋愛に不器用だった僕は、当たり前のように「不可」をもらって卒業した。
自分の話ばかりしてスマン! 『馬鹿なやつ』に出てくる登場人物が、あまりに当時の僕にそっくりで感情移入してしまったのだ。
『馬鹿なやつ』は昭和36年、原宿にあるデザイン専門学校を舞台にした青春群像小説。
小説といっても作者の小室隆之さんは50歳まで商業デザインの第一線で活躍した人。舞台となるKデザイン専門学校は実在する桑沢デザイン研究所。ほぼ実話である。
高度成長著しい往時の日本は、商業デザインの世界も飛躍的に発展。デザイナーは若者の憧れの的だった。当然、専門学校には全国から、さまざまな境遇の若者がやってくる。なかには、どうみても「向いていない」人も……。

主人公の「私」(作者の小室さん自身)のクラスに、異様な男がいた。九州の山奥から来たその男は、体躯が大きく方言丸出し。のっそりとした動きは、生き馬の目を抜くデザインの世界にも、原宿という街にも相応しいとは思えなかった。3年間柔道をやり通した後遺症で、手を握ると震える癖が残っており、線一本まともに引けない。クラスメイトからは「ダサイやつ」と思われ、「私」もまたそのひとりだった。
そんな九州男が恋をした。入学一日目に東京を案内してくれたクラスの女子に。しかし彼は自ら恋愛に発展させようとはせず、卒業までに何度か口をきいたのみ。のちにだんだん派手になってゆく彼女。クラスメイトは彼に「あいつオトコができたらしいぞ。お前はそれでもいいのか」と詰問しても「彼女が幸せなら、よか」と見守るのみ。
そんな彼女が卒業13年後に死亡。九州男は「私」を葬式に誘い、再び目の前に現れた。このくだり、泣ける! さらに胸締めつけられるラストシーンが待っているからぜひ読んでいただきたい。主人公の「私」は、これほどまで永きに渡る「片思い」を貫くすごさに、自分と彼とではいったいどっちが立派な作品を作ったのか、自らに問うことになるのである。