2001-05-09 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
以前、堂本光一くんが主演した『天使が消えた街』というドラマがあった。光一くんの役柄は「殴られ屋」。道行く人に自分を殴らせ、お金を稼ぐ青年の話だ。この光一くん演じる殴られ屋にモデルがいることをご存知だろうか。そして、その人が今もなお、路上で毎晩のように人から殴られ続けていることを。
その人の名は晴留屋(ハレルヤ)明。現在37歳。かつてはボクサーを志したものの、相手ボクサーを殴れないという優しい、いや脆弱な性格が災いしてその世界を去らなければならなかった人だ。そして今はリングを路上に移し、日本で唯一の「相手をまったく殴らないボクサー」として闘い続けている。

ではいったい、どうしてこの人は殴られ屋なんかやっているのか。実はこの人、借金が1億5千万円もあるのだ! 賭け事やお酒で身を崩したわけではない。いたって真面目に生きてきた。ボクサー引退後、電気会社を設立し汗水たらして働いた。しかし工事を受注した親会社からの支払いが滞り、そのために借金を重ねることに。社員に給料も払えず、家庭にもお金を入れられないありさま。
商才がない、と言えばそれまでだが、人がよすぎるというか、約束のお金を支払わない発注者や、お金を持ち逃げした相談役を「この世には心から悪い人はいない」と、たやすく許してしまう。資金繰りにつまり自殺も考えたが、保険金では借金を返せるのみで、残された家族に何も残してやれない。そこでヤケクソにもボクサー時代に培ったディフェンスの技を活かし、殴られ屋を始めたのだ。
1分間千円という安価で人から殴られ続ける毎日は、それはそれは過酷だ。表紙を見ればわかるが怪我がたえない。売り上げがそのまま治療費にまわってしまう。殴るだけ、というルールを無視して強烈な蹴りを入れてくる無粋な酔客もいる。さらに荷物を持ってもらっていた観客にあがりを持ち逃げされてしまう。よく言えば愚直、悪く言えばダメダメ人生なのだ。読みながら何度「おい、本当にそれでいいのか!」と声をあげたか。
しかし、殴りかかった多くの人が、一戦交えたあと「ありがとうございました」と頭を下げ、ときに涙する。殴らないことの強さを拳で感じたからである。悪況に対して無抵抗でいることは決してよいことではない。しかし自分からは絶対に暴力をふるわないという決断は、無抵抗ではなく人生への攻撃である。
僕はこの人は、それを教えるために選ばれし者であり、借金を返し終っても殴られ屋をやめないような気がしてならないのだ。