2001-04-18 号
吉村 智樹(ライター・放送作家)
カメラを首から下げて街の風景を切り取っている女の子が増えた。陽だまりの中で丸くなった猫、フラワーショップの店頭の春の花なんかをパシャパシャ。ほほえましいし、みんな軽やかにカメラを持つ時代になったんだなぁ、と時の移ろいを感じる今日このごろ。
でもね、きっと彼女たちが撮りたいのは猫や花じゃないんだ。レンズは本当は自分に向かっている。なんかしたいんだけど、なにしたいのかよくわからない。自分の中に何があるのか、もしかしたらカラッポじゃないのか。怖いけど見てみたい。だからレンズで心の中を覗いてるんだ。できあがった写真が思ってたほどよくなくてガッカリするのは、きっとたいしたことない、認めたくない今の自分の姿と対峙してしまったからなんだろう。
アジアを放浪する日本の若者の姿を追った『アジアン・ジャパニーズ』などで知られる写真家、小林紀晴もはじめはそうだった。
冬は零下10度まで下がる、精密機械工場建ち並ぶ諏訪の街で高校時代を過ごした小林青年は、父親の購読していたカメラ雑誌を見て写真に興味を持ち、上京を決意する。決して「カメラマンになりたい!」という夢があったわけではない。第一彼は、高校時代に写真を撮ったことはなかったのだ。たぶん閉塞しきった日常を脱したくて、レンズの向こう側にいちるの望みを託したと言ったほうがいい。
そして小林青年はバブル景気でお祭り騒ぎだった80年代の東京にやってくる。写真学校に入学した彼は「すべての写真は化学反応である」を基本とした数式だらけの授業、レンズや機種の性能にやたらと詳しい周囲の学生と相容れないまま、カメラをさげて街へ出る。賑やかな東京の街は彼の孤独をより際立たせ、そして気付かせた。「撮りたいものが、なにもない」と! それは撮るに値する「自分」がいないという恐ろしい現実との直面だった。

『写真学生』(集英社)は、そんな小林青年の「暗室時代」とも言うべき写真学校で過ごした2年間の回想録。高校時代にラブレターを渡した女性からフイに届く住所の書かれていない謎の手紙、人気絶頂のアイドルの自殺、結ばれなかった後輩との恋、友人の写真のセンスのよさに焦る日々、そんな鬱屈のなかで「化学反応」してゆく写真という名の自分探しの旅。そして揺れる現像液の向こうに、おぼろげながらテーマが見えはじめた。
小林紀晴の写真や文章には、いわゆる「シャッターチャンス狙い」がない。だからクールだけどあたたかい。狙ってもブレてゆく人々の、なんだかうまくいかない日常に、愛おしさを感じているからだろう。