2002-12-10 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
ノーベル賞を受賞した田中耕一さんの取材で、先週木曜日からストックホルムに来ています。週があけてからグッと寒くなって、最低気温は−15度。東京の生活に慣れた体には厳しい寒さです。随分と寒さ対策を考えてきたつもりでしたが、予想を上回る寒さでした。できればスキーウェアを着て中継をしたいのですが、町の中なのでそうもいきません。ですから、みなさんが画面で見る私の衣装は東京と同じですが、その下にはインナーを3枚以上も重ね着して、靴の中にもカイロを入れています。
ストックホルムは緯度が高いので午後3時半くらいになると、あたりは真っ暗です。朝は8時半頃から明るくなります。つまり一日のうち太陽が出ている時間は3分の1ほど。それも日によっては曇りでほとんど太陽をみないまま、という時もあります。寒いはずですよね。
でも、建物の中はどこも暖かいので、こちらの人は薄手の洋服の上に、重ね着をしています。靴は厚底、上着はダウンジャケット、そしてマフラーに帽子に手袋がないと、地元の人でも外を歩けないようです。スウェーデンの人たちは、一般的に背が高く男女とも体つきががっちりしています。この寒さの中で生きていくには、大きくて丈夫な体が必要なのかもしれません。
さて注目の田中さんは、ノーベル賞財団の催す様々な行事に追われています。今のところ、ホテルとレセプション・パーティーと講演会場しか移動しておらず、街をぶらぶら歩いて買い物などはできそうにありません。もちろんそれは、マスコミのせいでもあるのですが・・・
最初のヤマ場だった記念講演は無事終わりました。田中さんはかなり緊張していたようで、直前まで水を飲んだり資料を見たり、そわそわと落ち着かず、第一声は少し聞き取りづらいくらいの弱々しい声でした。話が研究内容に入るとだんだん声が大きくなって、スライドの中に15年ほど前の若い頃の写真が出てきたときは、照れたような様子で笑い、会場の聴衆もうけていました。しかし終始一貫して真面目な発表で、とりわけ「受賞の対象になった業績は、自分ひとりが成し遂げたものではない」ことを強調していました。
講演後の会見は、講演前日と同じく英語でした。こちらにきてからというもの、実は公の行事はほとんどが英語で行われています。英語圏以外のノーベル賞受賞者も、地元スウェーデンのスタッフも、ほとんどがネイティブスピーカーのように英語を駆使するので、田中さんは大変そうです。同じ日本人でも、公式の会見に参加する日本メディアは、英語で質問しますから、こちらも英語が理解できないと話についていけません。田中さん自身、イギリスで生活したことがあるとはいえ、言いたいことを表現するのに苦労している様子です。
せめて日本語で話すときぐらいほっとしたい、と思っているのでしょうけれど、残念ながら日本から押し寄せたメディア80人近くは、日本に居る時と同様に、田中さんの行動をずっと追いかけ回しています。たとえば、講演会場の中で、ホールから会見場に移動する時や、レセプション会場からディナー会場に移動する時などに、カメラとマイクを向けて声をかける、といった状態です。
このメディアの行動に対し、日曜日になって、ノーベル賞財団が田中さんの所属会社である島津製作所の行動を規制する形で、警告がありました。田中さんの会社の人たちが、企業PR活動の一環としてメディアに過剰に対応している、という内容です。今のところ、財団やアカデミーから、メディアに対して直接の警告があったわけではありません。これはおそらく、関係者がメディアを敵に回さずに規制をかけるために、直接ではなく間接的に規制をしたのではないかと思います。
私も田中さんを追いかけるメディアの1人ですが、時と場所が違えば、自分もまた取材を受ける立場であるだけに、とても複雑な気持ちになります。そのために、取材の欲が鈍ることもあります。しかしそれでは、メディアとして与えられた権利(普通の人が入れない場所に入れることや、記者会見に参加して質問できること)に伴う義務を、果たすことができない場合もあります。
なぜメディアの集中が問題を引き起こすのか、それは解決できるのか、すべての取材が終わった来週、もう一度考えてみたいと思います。