2002-11-26 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
拉致問題をめぐる北朝鮮との交渉が、停滞しています。11月23,24日に行われた、両国外務当局の局長クラスによる非公式折衝も、結局進展が見られませんでした。日本も北朝鮮も、それぞれの主張を一歩も譲らず、交渉の落としどころ(お互いに妥協できる一致点)はまだ見つかっていません。果たして、交渉が進展する為の糸口はどこにあるのでしょうか?
今後、問題を解決していく為には、いずれどちらかの国、あるいは双方共に何らかの“譲歩”が必要になってくるでしょう。そこで今回のコラムでは、日本が北朝鮮から“譲歩”を引き出すのに使える外交上の切り札(カード)とはどんなもので、どの程度の威力を発揮するのか考えて見ましょう。
まず、日本が手にしている最大のカードは、北朝鮮に対する経済援助です。北朝鮮は、クアラルンプールで行われた国交正常化交渉の場で、拉致問題解決の目的が、日本からの“経済援助を得ること”にあると、自ら口にしました。北朝鮮も、経済援助が“日本の手の内にあるカード”だと認識しているでしょう。
しかし北朝鮮は、「日本が望む解決を受け容れれば、経済援助を受けられる」ということを理解していても、いったいどの程度まで日本の要求をのめばいいのか?そして経済援助は本当に行われるのかどうか?を懸念しているにちがいありません。
なぜなら、国家の犯罪である拉致事件について真相を明らかにすることは、金正日体制を揺るがすことにつながります。当然ながら北朝鮮は、「国家体制を維持できる範囲ぎりぎりまでしか譲歩できない」と考えるでしょう。
また北朝鮮にしてみれば、さんざん拉致問題で譲歩させられた挙句、日本とアメリカによって金正日体制が崩壊させられる、という“恐れ”も捨て切れないでしょう。
そうした不安を取り除けば、交渉は動き出すかもしれません。しかし、北朝鮮という国を“北東アジアの未来”に向けて、どのように存在させるのか?その“未来予想図”を、日本もアメリカも未だ持ち合わせておらず、その意味からも金正日体制に何らかの“保証を与える”ということは、とても難しいことです。
そして、経済援助が“アメ”の政策とするなら、“ムチ”の政策として挙げられるのが、「ヒト・モノ・カネの移動の制限」(「朝まで生テレビ!」11月8日放送での自民党参議院議員 山本一太さんの発言)です。
ちょうど昨日、日本と北朝鮮の間を不定期に就航している旅客・貨物船“万景峰(マンギョンボン)号”が、新潟西港に入港しました。この船は、中国を経由せずに北朝鮮へ行ける、日本からの唯一の直行ルートで、年20〜30回往復しています。これを利用して、かなりの人や物資が日朝間を行き来しているのです。
国交のない北朝鮮との間に、人や物資、またお金の移動があることを、みなさんは不思議に思うかもしれません。しかし実際には“万景峰号”の存在や、資金面では、朝銀(朝鮮信用金庫)という北朝鮮系の金融機関を通しても、在日朝鮮人社会の資金が不正に北朝鮮へ送り込まれている、とも言われています。
こうした、北朝鮮への「ヒト・カネ・モノ」の移動には、日本政府が特別に認めたルールが存在していたり、あるいは、チェックが行き届いていなかったりするなど、結果的に違法行為を許してしまう抜け道になっている、という見方もあります。
拉致被害者の家族会などは、“万景峰号”による往来が、北朝鮮のスパイ活動や不正な輸出入に利用されているとして、反発を示しています。しかし、実態は正確には把握されておらず、北朝鮮にとって、このルートを通じて得られる在日朝鮮人組織からの外貨や物資・産業情報は、国家の命脈になっていると考えられています。
そこで北朝鮮への「ヒト・カネ・モノ」のルートを把握し、きっちりと法の網をかけることが“ムチ”としての政策となるわけです。拉致問題が解決せず、国交正常化が実現しなければ、このルートを一切認めない、という条件を示せば、譲歩を引き出すカードになりうるでしょう。
ただし、これも万能のカードというわけではないのです。北朝鮮にはまだ、帰国した5人の拉致被害者の家族がいます。
そして北朝鮮という国は、“国際社会のルールに従って行動する”とは考えにくいので、交渉によって北朝鮮が追い詰められた場合、ことによると、拉致被害者の家族に対し何らかの行動を起こすかもしれません。しかも私達は、彼らの安全を守りきれないのです。
今まさに水面下で、これら外交カードを示しながら、手探りの交渉が行われているのだと思います。
私は、少しでも早く5人が家族と会えることを、またさらなる拉致疑惑の解明が進むことを望んでいますが、また交渉に動きがあったところで、みなさんにまたお話したいと思います。