2002-09-24 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
小泉総理の北朝鮮=朝鮮民主主義人民共和国訪問は、思いもよらない事実の判明によって、さらに重い課題が突きつけられる結果となりました。拉致の経緯など、さらなる事実関係の究明、そして、北朝鮮に対しどのような賠償を求めていくのか・・・など問題山積ですが、なかでも”怒り”という国民感情に、小泉総理がどのような答えを出すのかは、難しい問題です。
そして感情とは別のもう一つの判断、すなわち、北朝鮮との関係をどう築くのか、中国・アメリカの動きを見ながら、先を見据えた冷静な判断が要求されるでしょう。小泉さんは、ますます大変になりました。
さて、このコラムでは先週から“ワイドショー政治”ということについて話してきました。テレビの特性として、時間の制限や視聴率の競争がある中で、より印象の強い情報が、繰り返し伝えられるので、視聴者にとっては、じっくりと事実関係を掘り下げた結果よりも、印象が判断基準になる傾向がある、という話をしましたね。
では、テレビのワイドショーによって世論が左右され、政治家を選ぶとき『成果より人気、露出度、キャラクター』という傾向に流れてしまうと、どんな問題が起こるでしょうか?
一つに、政治家はテレビを通した国民の反応を重視して、実現可能性よりも驚きやイメージを演出する政策ばかり、推し進めるようになるかもしれません。ワイドショー政治や劇場化政治、という言葉で指摘されているのは、そうした懸念です。
また一つに、私達国民は、マスコミ受けのいい政治家ばかり支持してしまい、それが、結果的に将来の幸福や国益を失い、場合によっては国を破滅に導いてしまうかもしれません。政治の大衆化や衆愚政治、という言葉で問題視されるのは、こうした事態です。
象徴的な例として、田中真紀子・前外務大臣の在任中を振り返って見ましょう。田中さんは、あの歯に衣着せぬ物言いや、短く象徴的なボキャブラリーで、小泉総理を凌ぐかというような絶大な国民的人気を誇りました。
しかし、当初から一部識者や官僚・政治家などが指摘していた通り、外務大臣としての資質には問題があったと言わざるを得ません。実際に在任中、外務官僚と折り合わず、実務が滞る騒動が幾たびも起こり、テロ事件のときには、アメリカ国防省職員の避難場所をマスコミの前で口にして、アメリカ政府を激怒させるなど、日本外交の信頼を失わせるような行動も、一度ではありませんでした。
では、私達国民が、真紀子さんを外務大臣として支持し続けたことで、どのくらい国益を損なわれたのか?それは長い目で見た影響があるので、簡単に言うことはできません。少なくとも今のところ、小泉内閣とアメリカのブッシュ政権が、まだ良好な関係を保っていることは、私達素人でもわかります。
その一方で、外務省の改革が進んだことについては、“真紀子さんのおかげ”という声が世論の大勢を占めています。それは、外務省と戦う真紀子さんの姿が、マスコミを通じで大々的に報道されたからでしょう。
今まで世に出ることのなかった外務省の体質に国民の注目が集まり、改革が進められ、現に癒着が指摘された鈴木宗男議員は、逮捕される結果になりました。
隠れていた問題が明るみに出ること、また、ルール決定の過程が国民の監視の下におかれること、というのは、民主主義を実現するという、大切なマスコミの機能の一部でしょう。政治の“大衆化”の良い面とも言えますね。
私が思うに、田中真紀子さんをめぐる“ワイドショー政治”において問題があるとすれば、一時的に真紀子さんを批判すらできないムードが、世間を覆ったことではないでしょうか。
「いや、あの時はテレビに惑わされた」という人がいるかもしれませんが、私はむしろ、私を含めた国民が反省すべき点ではないかと思います。では、なぜ私達に反省が必要なのでしょうか? 来週私の考えをお話しましょう。