2002-09-17 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
今日は小泉総理が北朝鮮=朝鮮民主主義人民共和国を訪問します。日朝初の歴史的な首脳会談に、アメリカや韓国からも注目が集まっていて、小泉さんにとっては、まさに政権の命運をかけた大舞台。日本人拉致疑惑が実質的にどの程度解決へと近づくのか、その外交手腕が試されることになります。
もっとも私達は、北朝鮮の金総書記がどのような“演出”で小泉総理を迎えるか、また、それに小泉総理がどう答えるか、ということに耳目を奪われてしまわないよう、注意したほうがいいかもしれません!
南北朝鮮首脳の歴史的会談の際、金総書記は韓国の金大中大統領を、出迎えるなり抱擁し、そのまま自分の車に同乗させ、世界をあっと言わせました。小泉総理だって、名(迷!?) セリフで世間の話題をさらうのは、お手のものです。
相撲の総理大臣杯を貴乃花に渡すときに言った「感動した!」という言葉が、一時期、流行語になりましたよね。天性か?計算ずくか?はわかりませんが、演出が得意という点では、二人とも共通しているようです。
こうした演出を、意図的にやって世論を動かすことを、テレポリティクス(tele-politics=テレビを中心とするマスコミの演出効果を、政治的手段として利用すること)といいます。
普通テレポリティクスという言葉を使う場合は、国内向けの戦略を指し、とりわけアメリカではその研究が進んでいます。アメリカ大統領は、政権内に必ずその専門家を置いているそうですが、日本で議論の的になっているのは、むしろ政治による“世論誘導”というよりも、マスコミの影響による政治の“世論迎合”です。
ワイドショー化・劇場化・テレビ政治…、など言い方は様々ですが、「テレビによる政治の大衆化」に懸念や批判の声が大きくなったのは、小泉政権誕生以来のことです。
自民党の有力議員・野中広務氏が、田中真紀子さんの国会議員辞職を受けて語った「ワイドショー政治がこういうことを引き起こした」という言葉は、記憶に新しいところですよね。
なぜワイドショー政治は悪者のように言われてしまうのでしょうか? 確かに小泉政権になってからというもの、ワイドショーはこぞって政治の話題を取り上げてきました。
こんな事態は、いわゆる“55年体制”が崩れた、細川内閣誕生以来だと思いますが、それを生み出した背景には、国民の“変革への期待”に加えて、多分にテレビ的な小泉内閣の性格があったことも挙げられるでしょう。
改革派VS守旧派=ヒーローVS悪役という、単純化しやすい構図、小泉総理・田中真紀子外相・塩川財務大臣など、キャラ立ちする(キャラクターが分かりやすく特徴的な)政治家を抱え、何より総理自身が分かりやすく短い印象的な言葉で政治を語っています。
これが、短い時間で多くの情報を伝えようとするテレビには、まさにもってこいなのです。
しかし、印象的な言葉や映像だけを何度も繰り返すテレビの手法は、視聴者に対して、本質とはかけ離れた印象を植え付けることも不可能ではありません。
とりわけワイドショーは、人々の興味や関心を引き、日常の話題作りをすることが番組作りの大前提ですから、政治の実績より、面白さやキャラクターに比重を置くこともしばしばです。
『成果より人気、露出度、キャラクター』というテレビ的傾向が世論を支配してしまうと、政治家もテレビを通した国民の人気を重視しないわけにはいきません。これが、政治の大衆化や世論迎合として指摘される、ワイドショー政治の問題点でしょう。
でも問題ばかりというわけではない、と私は思います。問題と効果をはっきり区別して利用すれば、テレビ政治は良いところが多いはずです。それには先週言ったように“様々な角度から見た情報を集めて判断する”ことも、重要になってきます。来週この続きをお話ししましょう。