2002-09-10 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
学校も始まって、いよいよ秋の到来ですね。私は今頃、遅めの夏休みをとって、中国に一週間の旅行に来ています。このコラムは、上海で書いて、メールで送っているんですよ。
実は北京でも上海でも、一泊一万一千円程度のホテル(中級から上級クラス)なら、ごく普通にインターネットに接続できます。二つの都市はいま、再開発の真っ最中で、新しいビルが続々と建設されているんです。
上海には超高層ビルの摩天楼ができている、という話を私も聞いたことがありましたが、実際にこの目で見た上海や北京の発展ぶりには驚きました。街全体が建築ラッシュで次々と古い家が取り壊されていて、主要な道路の傍には、20階から30階建ての高層ビルやマンションが建築されています。
上海にいたっては40階建てのビルがざらにあります。新しさや大きさから言っても、日本のお台場や新宿を凌ぐ規模のビル郡が、街の中心に聳えているのです。
ただ北京では、ビルの中のオフィスがすべて埋まるのに、数年を要したそうです。他にも中国で見たものや、それについて考えたことを、いろいろお話したいのですが、とてもこの紙幅では伝えきれません。今回は、先週からの話にそった話題を、一つだけお話しましょう。
それは、私が北京に滞在中に見学した、戦争の記念館で感じたことです。みなさんは“盧溝橋”という地名を歴史の授業で習いましたね? 日中戦争が始まったとされる場所ですが、実際に北京市街から南東へ約60キロのところに“盧溝橋”という橋があって、その近くに、中国政府が作った『抗日戦争記念館』があります。
ここは中国が日本と戦争した時の記録を、事細かに紹介しています。中国の若者の多くが、学校の行事でこの記念館を見学するそうで、5つある常設展示場のうち、最初の二つは戦争の経緯、次が、日本軍がいかに残虐であったかを紹介する部屋、そして中国人民がいかに日本と戦ったかを紹介する部屋が続き、最後に戦いで命を落とした兵士たちを慰霊する部屋があります。
抗日戦争、という呼び名からして中国のものであるように、この記念館の展示は、中国の側から見た日中戦争を伝えようとする姿勢に貫かれています。たとえば、日本の歴史教科書や資料集で見かける写真に、日本とは異なる注釈がついていて、中国の勇敢さや日本の残虐さに焦点を当てた文章になっています。
また最後に第二次世界大戦を全体に展望する展示では、中国が参戦したおかげで、日本・ドイツ・イタリアの占領下にあった諸国が植民地支配から開放された、と紹介されています。これは、日本の戦争のとらえ方とは、まったく違いますね。
ここで私は、中国の戦争のとらえ方や伝え方が、いいか悪いかいうことを問題にしているのではありません。起こった出来事は一つでも、受け止める立場が違えば、とらえ方や伝え方がまったく違うものになる、ということに注目して欲しいのです。
中国の子供たちは、日本では戦争について今どんな議論があるのか? 中国政府はどのような考えで記念館を作ったのか? ということを何も知らずにあの抗日記念館をみることでしょう。
そうしたら、私でもきっと『日本は悪い国だから、まず自分たちに謝るべきだ』と思うに違いありません。(それは確かに残念なことですが、しかし、それが今の中国の立場なのです。)
つまり、伝えられる“情報”には、必ず伝える人間の“立場”が反映され、またそれを受け止める人間によっては、まったく異なる“理解”をされてしまうことがあるということなのです。
ということは、私達が情報を“受け止める”ときには、情報を“発信”した相手が、どのような“見地”に立っているのか? その“立場”を吟味しなければ、物事をより正確に理解したとは言えないでしょう。
たとえば先週、政治が劇場化して、“観客”である国民を意識した情報発信になっている、という話をしましたね。そこで、私達は、“政府がどんな立場”で、あるいは“マスコミがどんな立場”で、政治についての情報を伝えているのか、吟味をしなくては、政治の本当の姿が見えてこない、ということになります。
実際のところ、すべての立場から物事を見るのは不可能だと思います。しかし私自身も、出来る限り努力しているつもりです。様々な立場から発信された情報を総合して見ない限り、物事の全体像を正確に把握することは出来ない、ということを、みなさんもぜひ覚えておいてください。