2002-07-23 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
毎日暑いですね。みなさんは、始まったばかりの夏休みを満喫していることと思いますが、長い長いと思っていると、あっという間に終わってしまうものです。毎日少しでも本を読んで欲しいな、と私は思います!
さて、先週から引き続き、石原慎太郎氏の主張する“日本の自立”についてお話しましょう。石原氏が“日本の自立”を主張する考えの背景には、「戦後の日本が、ずっとアメリカに対して従属的であった」という見方があることを話しました。
石原氏は、「アメリカが作った枠の中から一旦離れることで、アメリカと対等になるべきだ」という“自立観”を示しています。
この“自立観”を安全保障面にあてはめると、「日本は日米安保や米軍基地を通してアメリカに守ってもらうのではなく、自ら軍隊を持つべきだ」ということになります。
しかし、日本が軍隊を持つことには、アジアの国々が猛烈に反発するでしょう。この事については、これまでも「歴史教科書問題」や「靖国神社問題」などの回にお話したと思います。
簡単にまとめると、アジアの国々は、日本の過去の戦争の歴史によって、わが国が軍事力を持つことはもちろん、日本人を戦争に駆り立てた価値観(例えば国家や民族といった価値観)を、日本人が肯定することにすら、懸念や反発を抱くのです。
アジアの反発を買い、その結果孤立してしまうのは、安全保障面で見ても、また経済面で見ても望ましくないことだと、私は思います。にも拘わらず、石原氏が軍隊を持つことを重視する背景は、一体なんでしょうか?
それは、アメリカの言いなりになってきた“屈辱感”や“反発”というよりも、石原氏独自の“国家観”にあると考えられます。それは、「国民の生活の安全や、社会の治安を守ることは、国家としての責任であり、そのための軍事力を持ち、それを行使してこそ、国家は一人前である」というものです。
「戦後の日本は、国民の安全を守ることをアメリカに預け、まさに国家としての責任を放棄してきた」と、石原氏は言います。そして、もう一つ、「戦後の日本は、国や民族の歴史に対する愛着や敬意を、子供達に伝えてこなかった」とも、指摘しています。
非常に唐突な感じがするかもしれませんが、実はこの考えこそ、石原氏の“自立観”を如実に物語っているのです。
“国家”そして“民族”というものに対する強い意識、それらを誇りに思い、重視するという考えこそが、石原氏の自立観の根底を成しています。
だからこそ、「アジアの反発を差し置いても国家の責任をまっとうするべきである」、つまり、「日本は軍事力を持ち、それを効果的に行使するべきだ」、あるいは、「アメリカが作った枠から離れるべきだ」、という主張になるのでしょう。
「国家や民族を重視する」は、“ナショナリズム”という言葉の定義ですが、そういう意味で石原氏は“ナショナリスト”であると言えそうです。
そして、石原氏が示す“日本のあり方”とは、国家や民族などナショナリスティックな価値観を根底にして自立する姿なのです。
ここまで、石原氏の“自立観”を通して、「ナショナリズムと日本の自立」という議論へ進んできましたが、さらに今後、「世界の中での日本のあり方」と、「国家や民族というものへの意識」について、考えを進めていきたいと思います。