2002-07-16 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
太陽がぎらぎら照りつける夏空と、台風が交互にやってきて、そろそろ梅雨が明けるな、というかんじのお天気ですね。夏休みまではあと少し、がんばって期末テストを乗り切ってください。
さて、先々週から石原”総理”待望論とナショナリズムについて取り上げていますが、ここでもう一度簡単に、石原都知事という人について振り返っておきましょう。
石原慎太郎都知事は、戦後映画界の国民的大スター、故・石原裕次郎さんのお兄さんで、一橋大学在学中に書いたデビュー作「太陽の季節」が芥川賞を受賞し、一躍有名作家になりました。
都知事になる前、1968年から1995年の間に、衆参合わせて25年以上国会議員を 期務めましたが、その初当選以来、石原氏が一貫して言い続けてきたのが”日本の自立”。
”日本の自立”は、「朝まで生テレビ!」でも、16年前の番組開始以来、幾度となく取り上げてきたテーマなのです。
「日本は自立すべきだ」という議論の念頭には、日本とアメリカの関係があります。敗戦、占領、そして憲法の制定に始まり、軍事・経済・外交などの面で、日本は常々アメリカに従属し、追随してきた、という見方が、自立論の背景になってきました。
確かに軍事面では、日米安保と米軍基地、自衛隊の存在など、戦後ずっと、アメリカが作った枠組みの中に日本が存在する、という状態が続いています。また経済面でも、貿易自由化や為替・金利の協調などで、しばしば日本は、アメリカの事情に従わせられる経験をしてきました。
もちろんアメリカとの貿易なしに、戦後の経済発展はありえなかったし、実際のところ、日本か経済大国になる80年代までは”敗戦後の復興に励む日本”対”大国アメリカ”という力関係だったわけです。さらに、その後も続いた冷戦構造の下では、アメリカに従属していたほうが、経済を含め、トータルでみた国益という点では得だ、という日本自身の選択もありました。
しかし、冷戦後の構造変化を経た世界では、アメリカの意思が、必ずしも日本の国益と一致しない場面も増えてきたのです。
たとえば、”グローバル”スタンダート(世界標準)だとして導入された金融のルールは、実はアメリカ企業が有利にビジネスを展開できるよう日本に押し付けた、”アメリカン”スタンダートだった、という意見があります。
また、対テロ戦争についても、日本はアメリカの要請するままに、自衛隊を派遣しました。ヨーロッパやアジアの国が、それぞれ独自の外交路線をとっている中で、果たして、アメリカに追随したこの選択は、新たに敵を作ることにはならなかったか?アラブの国々との関係まで、アメリカに従うべきだったのか?いまだに議論の分かれるところです。
このように、長い間にわたってアメリカとの関係が揺らいでいる現状があるからこそ、石原氏の主張が支持を集めている、といえるかもしれません。
石原慎太郎氏は、日本の自立、なかでもアメリカとの関係について、冷戦時代からずっと、「アメリカの言いなりになるのではなく、アメリカと対等に付き合い、アメリカを利用するべきである」という独自の自立観を主張してきました。’89年には「NOと言える日本」という本を書いて、ベストセラーにもなっています。
この自立観を安全保障の面でとらえると、自衛隊は軍隊にして、米軍基地は縮小することになります。テロに関しては、日本はもっと危機感を持って、自国の問題として対応すべきである、というのが石原氏の考えです。
つまり、アメリカと対等に付き合うためには、まず戦後アメリカが作った枠組みからいったん離れることが必要で、アメリカと協力するのは、その後あらためて状況を判断してから、ということです。
しかし、アメリカから自立するために軍隊を持つ、というのは、日本にとって、いまだに答えの出せない難しい問題なのです。憲法改正はもちろん必要ですが、真っ先に、アジアとの関係を考えなくてはいけません。石原氏には、アジアとの関係についても、独自の自立観が存在します。来週は、これを紹介しましょう。