2002-07-09 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
サッカーW杯が終わって1週間、日本でも韓国でも「W杯燃え尽き症候群」になる人が後を絶たないのだとか…。そうでなくても、祭りの後の寂しさというのは、祭りが盛り上がるほど強烈に襲ってくるものです。今でもちょっぴり寂しさを覚える、という私のような人は、夏休みの計画をたてるとか、何か早く次の楽しみを見つけたほうがいいかもしれませんね…。
さて、先週からのこのコラムは、先月の「朝まで生テレビ!」のテーマ「ナショナリズムと石原慎太郎総理待望論」について取り上げています。「石原慎太郎都知事を総理大臣に」と望む声は、去年の秋ごろから、世論調査を通してちらほら見られるようになっていました。
それが、4月になって小泉内閣の支持率が下がってくると、それと歩を合わせるかのように、石原“総理”を待望する声が大きくなり、6月のある調査では、ついに小泉総理を抜いて、「総理にふさわしい人」のトップになったのです。
週刊誌などでも、4月ごろから、「石原都知事を応援する人たちが”石原新党”結成に向けて、資金集めをしている」とか、「石原都知事が自民党の有力者と密会を重ね、新党立ち上げの相談をしている」などと取りざたされるようになりました。
ご本人は「なにが起こるかわからない」と答えをはぐらかしていますが、それにしてもなぜ、石原都知事にそうした期待が集まるのでしょうか?
討論の中で、自由党議員の西村眞悟氏は、「石原“総理”に期待されているのは“言葉の復権”である」と言い、評論家の小沢遼子さんは「閉塞感の突破や刺激を求めている」と言いました。電気通信大学名誉教授の西尾幹二さんが言うように「小泉総理が期待通りにならず国民が失望したから」という事もあるのでしょう。
確かに小泉総理が、就任当初大きな期待を集めた理由の一つには、国民にわかりやすい言葉で自らの主張を明らかにし、改革を訴えたという事がありました。「構造改革なくして景気回復なし」「米百俵の精神」など印象的なキャッチフレーズがいくつもありましたね。
しかし、総理就任から1年たってみると、多くの企業でお給料は増えず、売り上げも上がらず、たくさんの不良債権を抱えた問題企業が生き残り、特殊法人は名前を変えて実質的には存続しています。実は、小泉総理の言葉のインパクトほど、世の中は変わっていないと多くの国民が感じているのではないでしょうか?
一方の石原氏は、3年前の春に東京都知事になってからというもの、これまでにない大胆な政策を、「やる」と言って実際に行動に移してきました。銀行を対象にした外形標準課税の導入は、世論の“銀行はバブルの責任を逃れている”という感情に後押しを受け、1ヶ月ほどでスピード成立させました。
また、都内に入るディーゼル車の排ガス規制や、横田基地返還、羽田空港国際化など、都政にとどまらない視野で国政にも働きかけ、並外れた行動力を示してきました。
こうなると、同じように明快な言葉で語る小泉さんと石原さんでは、実際に行動している石原都知事の方が、何かやってくれそうだという期待を集めるのも納得できます。“言葉に行動が伴っている”これが西村さんの言う「言葉の復権」ということなのでしょう。
しかし石原都知事の言葉には、物議をかもしたものも少なくありません。「三国人」発言は記憶に新しいところですが、「南京大虐殺は中国人の作り話だ」「(残忍な犯行の手口は)中国人の民族的DNAだ」など、人種差別的な発言は数知れません。
さらに石原都知事は自衛隊を「軍隊」と呼び、「憲法9条は改正すべきだ」「私が総理だったら、北朝鮮に拉致された日本人を、戦争してでも取り戻す」など、およそ戦後の政治家が口にしなかったタブーを、公然と言葉にしてきました。
これらの、いわゆる過激な発言は、石原都知事の行動力がともなえば、まさに「時代の閉塞感を打ち破る刺激」的な存在として、石原都知事を位置づけるかもしれません。
もちろん、行動が伴っては困る発言も中にはありますが、それにしても、これらの言葉を通して石原都知事が示す“日本のあり方”が、このところ多くの国民の支持を集めているようなのです。
石原都知事が示す“日本のあり方”とはどんなものか?来週お話しましょう。