2002-06-25 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
W杯も残すところあと4試合になりました。残念ながら日本は、決勝トーナメント第1戦でトルコに敗れてしまいましたが、共催国の韓国が4強に進んでいます。たまたまスペイン戦の日の夜、新宿歌舞伎町を通り抜けたら、赤いシャツを着た若者の集団が、「テーハンミング(大韓民国)!」と大声を上げ、韓国旗を振って街を練り歩いていました。
赤いシャツは、韓国サッカー代表のチームカラーです。そして新宿歌舞伎町は、赤坂や上野と並んで、アジアからの外国人が多く集まる繁華街。もちろん韓国の人たちも大勢います。私は新宿駅からそう遠くないところに住んでいるので、歌舞伎町やそのはずれをはしる職安通りに、韓国料理を食べに行ったり、買い物に行ったりします。
そんな折に見かけるハングルの看板も、すれ違う人たちから聞こえてくる韓国語も、私はずっと、新宿という街の一部のように感じていました。でも、その日ばかりは、日本の中に、韓国という異空間が忽然と現れたような感じがしたのです。
普段この街に暮らす人たちは、自分の国について声高に話すことはないと思っていましたが、この日勝利に酔った100人近い若者達は、大きな国旗を掲げ、街中に響き渡るような声で、自分たちの国の名前を連呼していました。
韓国代表チームの戦いぶりは、まさに勝利への執念が勝ちを呼び込んだ、といってもいいほど粘り強いものでした。相次ぐ延長戦にも、ゲーム終盤まで衰えない選手たちの運動量を支えたのは、「勝ちたい」という強い思いでしょう。
そして、選手だけでなくサポーターも、試合開始から試合終了までずっと立ち上がって、応援していました。意外に思うかもしれませんが、日本戦では決定的な場面以外、サポーターは着席していたのです。
双方が極限まで力を尽くすような戦いでは、“勝ちたい”という思いが強いほうが、勝つのではないか、韓国の勝ち進む姿を見て、そう思いました。しかし一方で、勝ちたい、という思いがあまりに強いと、“試合に負けたらどうしよう”という恐れや、試合に負けてしまったという怒りが、普段では考えられないような卑劣な行動へと人々を駆り立ててしまうことがあるのです。
これまでのW杯の歴史の中にも、対戦相手チームの宿舎前で、試合前日に夜通し大騒ぎをしたり、犯罪行為すれすれの妨害を選手に加えたり、ということがありました。勝つためなら、そこまでの行為も許されると思うか、それとも、アンフェアな行為は勝ち負けを言う以前の問題で、決して許されないと思うか、みなさんはどちらでしょう?
少なくとも今回のW杯を見る限り、私たち日本人の中に、どんな手を使っても勝ちたい、という精神性を持ったサポーターはいなかったようです。けれども、日本代表が先に姿を消したら、共催国である韓国を応援したい、とW杯が始まる前までは思っていた私ですら、歌舞伎町で、あの赤いシャツの輪に入って一緒に勝利を喜ぶ気持ちにはなれなかったのです。自分たちの執着から来る、敗退の無念さやショックが、そんな心の狭さをもたらすことに、私はハッとしました。
自分たちへの愛情の強さとその副産物としての邪悪さ…、これらは表裏一体です。サッカーばかりではなく、国と国との歴史の中でも、自分たちを愛するあまりのエゴが、摩擦や紛争を引き起こしてきたのではないでしょうか? 自分の国や、自分の同朋を愛する気持ちは大切ですが、その副産物にも、私たちは十分注意深くなるべきでしょう。自分を喜ぶのはたやすく、他人を喜ぶのは難しいものですから…。