2002-06-11 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
日本代表が歴史的な一勝をあげました!
4年前、決定力不足に泣いたフランス大会のことを思うと、興奮がとまりません。しかし、決勝リーグまではあと一歩。6月14日のチュニジア戦で、最低でも引き分けが必要です。いったいどんな試合になるのでしょうか?しっかり応援したいと思います。W杯観戦レポートは、来週お届けしようと思います!
さて、有事法制は今国会で決着をつけない方針を小泉総理が明らかにしました。私自身はほっとしました。有事法制について検討することは必要だと思いますが、机上の空論でルールを作ってしまうことが、結果的にもっとも危険なのではないでしょうか。もう1週だけ、今回の有事法制の問題点についてチェックしておきましょう。
ここまでの有事法制の議論では、憲法で制限されている日本の武力行使のラインが、武力攻撃事態の「発生」の段階と、「おそれ」「予測」の段階の間にある、ということがわかりました。
「発生」までの段階で、日本は周辺事態法に基づいてアメリカ軍の支援をし、武力攻撃事態法案に基づいて自らの武力行使の準備をすることになります。二つの法律(法案)は目的が異なり、二つの事態は並存する場合もありえます。
しかし、政府の答弁では、周辺事態法でアメリカを支援中、武力攻撃事態法案の「おそれ」「予測」の段階に入ると、自衛隊はその地域を離脱することになっているのです。
これはどういうことでしょうか?事態は並存するというのに、自衛隊の行動には違いがあるのでしょうか?
実は、“アメリカ軍との武力行使の一体化を避ける”という点で、二つの事態は一致しているのです。周辺事態法においても、攻撃を受ける可能性が迫っているとなれば、日本は戦闘地域外まで離脱しなければなりません。
つまり、戦闘地域になるかどうか?日本の行動は武力行使に当たるかどうか?という、今まで同様の区別だけが今後も必要になるというわけです。
むしろ奇妙なことになるのは、武力攻撃事態の「発生」までを含めて、自衛隊の動きを考えた場合です。武力攻撃が「発生」したら、日本は自ら武力行使をしつつ、当然ながらアメリカ軍のサポートもすることになります。
周辺事態において、弾が飛んでこない洋上で自衛隊の船が空母に給油している時、もしも衛星か何かで”ミサイルの発射口が日本に向けられた”と確認されたら、「おそれ」「予測」の段階ということになって、給油のパイプを抜いて退避しなくてはなりません。
ところが、退避の途中に給油船がミサイルの攻撃を受けたら、今度は武力攻撃が「発生」したということで、また戻ってパイプを差し込むということになります。
この一見わけのわからない、尚且つムダとも思えるような行動も、“憲法の制約”と“日米安保に基づく対米協力”と、どちらをも満たそうと思えば仕方のないことです。
しかし、実際問題として、パイプを抜いて退避ができるのでしょうか?支援を受けているアメリカ軍は、突然パイプを抜かれて作戦に支障が出ないのでしょうか?パイプを抜いて、また戻って、というロスが、日本を守る上での致命的にはならないでしょうか?
実はここのところは、政府もまだ整理しきれていないようなのです。結局、いくら区別を設けたところで、現実の出来事は連続しているものです。仮に法律で線を引いたとしても、現実をゆがめるばかりで、法律に従えば実際の対応ができなくなってしまいます。
問題の根本は、日本の憲法が現実には不可能な区別を要求していることにあります。でも、区別をなくしてフリーにしてしまったら、日本は平和への重石がなくなって、暴走してしまわないでしょうか?
区別をなくしても、憲法の“平和を尊重する精神”を残すとしたら、どうするのがいいでしょうか。
あるいは、“平和の精神”を残さなくてもいいから、すっきりさせるのか、現実に対応できなくても憲法を守るのか、これこそが、日本の国のあり方を考えるということなのです。また機会を見て、この話をしていきましょう。