2002-05-14 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
先週に引き続き、日本の有事と憲法について考えてみましょう。
日本国憲法は、素直に読めば、軍事力の保持や武力の行使をまったく認めていませんし、日本が戦争に巻き込まれることも想定していません。つまり、自国の“有事”に対する規定がまったくないのです。
それは、この憲法が、太平洋戦争の反省に基づいて作られているからです。いかなる理由をもってしても、日本が戦争に関わることのないように、憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と書かれています。
しかし現実に、隣国の平和を愛する心だけを頼りに、国の安全を守るのは、難しいことでしょう。多くの国民がそれを納得してきた結果として、日本には40年以上自衛隊が存在し続け、また周辺事態法の成立によって、米軍の後方支援をもするようになったのだと思います。
自衛隊という現実と憲法のあいだの“ねじれ”を解消するため、いまのところ日本は、憲法を現実にあわせ、「個別的自衛権の行使による武力行使は認める」と解釈しています。
自分の国を自力で守るためならば、武力行使を認めるという意味です。これなら、自衛隊の存在を憲法の枠内に収めることが出来ます。
逆に自衛隊は、他の国のために武力行使はできません。集団的自衛権の行使による武力行使は認められないのです。
だからこそ、日米安保に基づいて活動するアメリカ軍を、後方支援、つまり武力行使にあたらない部分でだけ、支援するのです。
ところが、次のような場合はどう考えればいいのでしょうか?
仮に、アメリカが北朝鮮を攻撃し、その報復として、日本の米軍基地が攻撃を受けた場合、これに迎撃することは、個別的か?集団的か?どちらの自衛にあたるのでしょう?
間違いなく日本の国土が攻撃を受けている、これは明らかに“日本有事”で、個別的自衛権に基づく武力行使が認められます。
けれども、被害を受けたのは、同盟国アメリカでもある。となると、日本の武力行使は、集団的自衛権に基づくものにはならないでしょうか?
個別的か?集団的か?これは、武力行使が認められるかどうかの重要なラインであり、憲法をよりどころとする上で、土俵際ともいえる一線です。しかし、実際に判断するのは、とても難しいことなのです。
武力行使を認めるかどうかの線引きは、それだけではありません。“日本有事”と“周辺事態”の区別も、それにあたります。次回は、その話をしましょう。