2002-04-16 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
先週の金曜日、田中真紀子・前外務大臣が、衆議院にマスコミ対策を要求しました。国会の中でマスコミが殺到し、身動きがとれず危険を感じるので何とかしてほしい、と議院運営委員長に申し入れをしたのです。
ちょうどいま田中真紀子さんは、秘書給与の流用問題でマスコミから注目されているため、何か動きがあるたびに、コメントを取ろうとして、報道陣が殺到します。しかし国会に限らず、社会的関心の高い事件などでも、同じような場面をしばしば目にします。
マイクやカメラを向けられている人は、前にも後にも動けず、押しつぶされそうになってしまう・・・その状態は、まさに「人権擁護法案」が対象としている報道被害のひとつです。
先週から、いわゆる「メディア規制3法案」についてお話してきました。今週取り上げる「人権擁護法案」は、メディア規制にかかわるどのような問題をはらんでいるのでしょうか。先ほどの田中真紀子さんの申し入れを例にとって見ましょう。
田中真紀子さんが、「人権擁護法案」にのっとって、報道機関が殺到し、身動きが取れず、本会議出席もままならない、と「人権擁護法案」の設置する人権委員会に申し立てをしたとします。
この場合田中真紀子さんは、国会議員、すなわち公人なので、「人権擁護法案」が定める「一般救済」の対象になります。
人権委員会は、一般救済という手続きで、報道機関に指導をし、必要なとき必要な調査を行い、また国のほかの行政機関など(公安調査庁や警察も含まれる)に調査を嘱託することができます。
調査によって、マスコミがどんな情報を握っているか、また、内部告発者は誰か、といったことを人権委員会は把握するかもしれません。
人権委員会は、政治や行政からの独立性を保つため“法務省の外局”とされ、法務大臣の命令も受けないことになっていますが、委員会の事務スタッフは、法務省などからの出向で、実質的には官僚です。
官僚が政治家の圧力を受けて、情報を流したり、操作したりする可能性は、外務省の例を引くまでもなく、ないとはいえません。
マスコミが何を掴んでいるか、やましいところのある人なら、なんとしても情報を手に入れようとするでしょう。報道の前に証拠を隠匿しようとするかもしれませんし、内部告発者に対し、何らかの圧力をかけることも考えられます。
もちろん、田中真紀子さんがそういうことをするとは、思えません。けれども、政治の歴史を振り返ると、この先絶対に誰もやらないとは言い切れないでしょう。
もしそうなったら、真実は闇の中。マスコミは、国民に代わって「知る権利」を行使することができなくなります。
人権擁護法案の救済手続きには、このほかに特別救済という手続きがあり、公人は対象になりませんが、公人の家族は対象になります。
マスコミが人権委員会の調停に応じなかった場合、報道機関への「勧告」→「勧告の公表」→被害者が訴訟を起こした場合「訴訟に参加」、という順で手続きが進んでいきますが、勧告の内容が公表されてしまうと、マスコミが誰を取材対象にしているか、明らかになってしまいます。
たとえば、政治家が公にできないお金を、家族の口座で管理することは、よくある話です。マスコミが、裏金疑惑で政治家の家族がかかわっているという情報をつかみ、秘密裏に取材している場合を考えてみてください。
家族が人権擁護委員会に申し立てれば、マスコミは取材行動を世間に明らかにされ、証拠や特ダネを逃がしてしまうかもしれません。
しかも、特別救済の対象になる行為は、つきまとい、待ち伏せし、電話をかけ、ファクシミリを送り、これを繰り返して生活の平穏を著しく害した場合です。
著しく害する、といっても、どのくらい繰り返すと過剰取材と判断されるのかは、人権委員会の判断次第です。それぞれの行為は通常の取材で行われていることですから、まったく駄目、ということになると、マスコミは事実上、取材ができなくなります。
たとえば事件の被害者などが、家の玄関前に四六時中マスコミが張り付いて、家を出るたびにインタビューされたり、カメラのフラッシュを浴びせられる、とか、マスコミが押しかけて、将棋倒しになりそうだ、とかいうのは、過剰取材と言ってもいいでしょう。
しかし、不正を働いた疑惑のある公人やその関係者についても、一般市民と全く同じ基準が当てはあまるでしょうか。あるいは、国の出先機関である人権委員会が、恣意的に“過剰さ”を決められる可能性を残しておいて、いいものでしょうか。
権力の不正を追求し、真実を明らかにする、というマスコミの存在意義を考えるとき、国家権力が介入する余地を、法律で確保するのは間違っている、と私は思います。人権擁護という目的を達成するためには、この法案が定める以外にも、もっとふさわしい手段があるのではないでしょうか。
「個人情報保護法案」「人権擁護法案」については、今国会中に審議入りする予定です。審議の過程で、指摘した問題点が十分論議されているか、みなさんもしっかり見ておいてください。