2001-10-30 号
丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー)
アフガニスタンで、アメリカ・イギリスの地上作戦が展開される一方、関係諸国は早くも、“戦争”が終わった後の新しい秩序作りについて考え始めているようです。
隣国パキスタンとアメリカが、すでに新政権について協議をはじめているほか、国連も首都カブールの陥落を視野に入れ、反タリバン各派と、首都の治安維持に向けた交渉を始めました。
こうした“タリバン後”を考えた各国の動きとは対照的に、日本ではアメリカやイギリスの軍事行動に対する後方支援に、自衛隊を派遣するためのテロ特措法が、成立しました。
テロ特措法では、これまでの周辺事態法やPKO協力法に比べて、武器使用の基準が緩和されています。自衛隊を、アフガニスタンやインド洋上に派遣することが想定されており、小泉総理も「危険なところだからこそ自衛隊に行ってもらう」とか、「(自衛隊に)多少の犠牲(がでること)はある程度覚悟しなければならない」と発言しています。
危険な地域だからこそ、それなりの装備をというわけですが、つまりそれは“戦闘地域”でなくとも武器を使用することが十分に考えられる、それだけ“武力行使”につながる可能性が高い、と言い換えることができるでしょう。
そこで小泉総理は、テロ特措法の審議の中で、「武力行使をしない」「“戦闘地域”には派遣しない」ということを言い続けてきました。しかし、危険な地域に派遣すること自体が、これまで憲法に触れないために守ってきた一線を、踏み越えているのです。
それでもなお、“武力行使”さえしなければ、憲法には触れない、というのが、今回の政府の姿勢です。確かに、憲法の解釈で認められていないのは、集団的自衛権に基づく“武力行使”ですから、“武力行使”さえしなければ、自衛隊が何処へ行こうと、これまでの解釈の範囲内という言い方も、できなくはありません。
では、テロ特措法によって、自衛隊に何が出来るようになるのでしょうか? 後方支援の中身は、燃料や食料の輸送・補給、傷病兵の治療、戦闘参加者の捜索、武器・弾薬の輸送…。いずれも、日本が銃口を敵に向けるような“武力行使”そのものといえる行為ではありません。
しかし、戦闘に参加する兵隊達が、きちんと食べ、ケガや病気をせず、また常に武器や弾薬がたっぷりそろっている、といったことは、軍事行動の基本になることではないでしょうか。これらのことを欠かせば、いくらハイテク機器がそろっていたところで、攻撃を続けることはできません。
こうしたことから、日本の支援は、後方支援ではなくアメリカの軍事作戦の一部とみなされる、という意見もあります。武力行使をしなければいいといっても、何を武力行使と判断するかによっては、憲法に触れる可能性が限りなく高くなります。
こうなると、いったい憲法という最高法規は、実質的にルールとして守られているのかどうか、疑わしくもなってきます。これまでも日本政府は、憲法の言葉の隙間をすり抜けるように、憲法の認める範囲を、“解釈”によって拡げてきました。
自衛隊が誕生し、湾岸戦争が起き、日米安保が見直されてきた、その都度憲法との整合性を保とうとして、日本政府は新しい隙間を見つけ続けてきたのです。
しかし、その場に対応するためだけに、憲法の隙間をすり抜けることを続けていれば、遠からず憲法は有名無実になってしまうでしょう。それを避けるために、解釈を変えるのか、それとも憲法そのものを変えるのか、あるいは実態を憲法に則して変えていくのか、考え方はいくつかあります。
いずれにしても、憲法とは日本のあるべき姿を表した法です。未来を描かずに、憲法の問題を解決することは出来ません。私自身、この国の一員として、どんな国になることが望ましいのか、今回の出来事をきっかけに、もっと具体的に考えようとしています。
次回は、日本が“タリバン後”に何が出来るかを、この国の未来とともに考えてみます。