

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2003-06-23 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
昨年十二月からずっと愛知県名古屋市にある実家に蟄居しています。東京の自宅を建て替えるため、施工期間中は実家でじっとしていようと思ったのです。昨年末からスタートした工事は当初の予定よりも遅れ、完成は七月中旬になりそうです。だからもう半年以上も実家にいることになります。そんな長い間居たのは、上京してから二十年ぶりのことになります。

『18』
建て替え工事といっても、予算たった五百万円のスーパーローコスト住宅を建築家の鈴木隆之さんにつくってもらっていて(その記録は㈱アートンより、『東京にスーパーローコスト住宅を建てる』(仮題)として鈴木さんと共著で出します)、プロしかできない工事以外すべてをぼくや鈴木さんの友人・知人部隊がおこなうというセミセルフビルド。ぼくも月に一〜二度上京していたのでその時に少しだけ手伝ったりしました。
実家にいるうちは仕事をしないと決めていました。とはいえ、どうしてもやらねばならない原稿は二〜三書きましたが、生活の大半を家事諸々の手伝い(祖父母を介護している母親の手伝い)と読書、そして散歩に費やしています。仕事関係の資料をコンテナに預けてしまっているという事情もあるのですが、おそらくこれから先、こんな時間は二度とないでしょうから、生まれ育った街や家の中で無為の時間を過ごすのも悪くないと思ったのです。無精髭をはやした四十歳近い男が日がな一日、カフェで読書をしている姿は何と思われたかわからないけど、少年期を過ごした街を亀のようにのそりのそりと歩いていると、幼かった日々に感じた喜怒哀楽がふいに思い出されることがあって、気がつくと立ち止まっていたということもありました。
アーティスト大竹伸朗の『18』(青山出版社)は定価が五千五百円もする重たい本です。重さも一キロ以上あると思うから、この本を抱えてカフェからカフェを移動すると、けっこう疲れるんだな、これが。でも、ページをひらくたびにえも言われぬ感慨に浸れるんだな、これが。
帯には、あとがきから抜粋された文章が載っています。
「−−−−ゼロからやり直すことにした。1974年春、東京の高校を卒業し、上野駅から北海道東部にある野付郡別海町の牧場を目指した。授業中読んでいた雑誌記事に見つけた住所にハガキを出し、忘れたころ返事が届いてしまったことがすべての事の発端だった。
届いたハガキ、絵具箱、スケッチブック、鉛筆、カメラ、フィルム、そして二万ばかりの現金、モロモロの重圧を抱えたまま列車に乗り込んだ。あとは一年間4つの季節をその地で過ごすこと、決めたことはそれだけだった。
東京を出て32時間後、当時まだ存在した「西別駅」から8キロ離れた目的の牧場に着いた。
翌朝4時、牧場の作業はスタートした。
あれから28年後の今、それが今でも続いているのを日々、感じはじめている−−−−。」
ぼくはアーティスト大竹伸朗の活動は見聞きしていたけれど、大学を休学して北海道で生活していたことを知らなかった。本書は、その当時に書かれたスケッチや写真で構成されている。ネガは三年前まで仕事場のダンボールの中から偶然にでてきたのだという。
これほど無意識を感じる写真をぼくは初めて見たような気がします。若かりし日の著者の無為の精神を想うのです。「ずっと絵を描いていきたいと思って」ゼロからやり直すために北海道の原野に身を投じた十八歳が胸の奥底に感じていたであろう、ざわざわするような感覚が、大半を占めるモノクロームの写真から伝わってくるし、同時に青年修行僧的なストイックさもぼくは感じてしまうのです。
当時は二十八年後に一冊に編むことは考えていなかったのだろうけど、この仕事は十八歳にしかできないとぼくは思います。みなさんも、今しかない自分自身をなんらかのスタイルで表現してみたらいいと思うな。