

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2003-06-16 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
ぼくは写真を見るのも撮るのも大好きなんですが、とくにモノクロ写真に強く惹かれています。好きな写真を何時間でも眺めまわしていたい。深夜、自室でひとりでゆっくりとページをめくるのは、ぼくにとっての至福の時間でもあります。昨日も大御所エリオット・アーウィットの集大成『Snaps』を名古屋のロゴスで買ってきたばかりです。アーウィットは昨年来日して、歌手の福山雅治さんとコラボレーションして話題になりました。

『写真生活』
デザイナーである坂川栄治さんは写真(やはりモノクロ)病にとりつかれた人間たちのいわば大先輩とお呼びすべきでしょう。彼が書いた『写真生活』は、ダイアン・アーバス、ロバート・フランク、E.J.ベロック、イモジェン・カニンガム、ユージン・スミス、ベルナール・プロシェ、ハーバード・リスト、アンドレ・ケルテス等の坂川さんが愛してやまない写真家たちについて語られているばかりでなく、写真(オリジナル・プリント)を所有して、家の壁に飾る愉しみ、そしてそれが嵩じてフォト・ギャラリーまで開いてしまった過程がすごく率直でまじめな語り口で書かれています。アメリカに300万を持って写真を買い付けにいくあたりの話は写真好きなら涎を垂らして読まねばならないです。ぼくは垂らしました。
ぼくがこの本を読者の若い世代に薦めるのは、坂川さんの十代から二十代の時期のさまざまな葛藤や迷いと、坂川さんが大好きな写真とがシンクロしていく文章が率直な言い回しで各章に書いてあるからです。例えば、悶々としていた青年期に金子光晴を食い入るように読んでいた自身についての回想と、それが年齢を重ねてから見たベルナール・プロシェという写真家の作品によって思い起こさせられたことを次のように書いています。
「二十代の前半に、やむにやまれぬ気持ちで読みふけった本があった。ここではないどこかへ。憧れ。けだるい若さ。漂うこと。自分がなにものなのか。異邦人。金がないこと。欲望。友情。不安。ありとあらゆる悩みが解決もせずに、金子光晴という詩人の書いた活字の上に重なった。若いことは哀しく淋しいことだった。あの頃、自分がなにものかもわからないのにすべてに鋭敏で、まだなにものをも作り出せずオリジナリティのない空しさのようなものが色濃く自分を覆っていた。数年前その写真集をはじめて目にした時、表紙に使われていたモノクロの写真を見て私は思わず手を伸ばした。今から二十数年前の中途半端だったけれど精神の高ぶりだけはあったあの頃を、思い出させるに十分な写真だった」(38ページ)
坂川さんが紹介しているどの写真家も世界的な人ばかりで、とくにロバート・フランクやユジーン・スミスは日本でもそれなりに知られていると思う。だけど、その他の写真家については残念ながら日本ではほとんど知られていない人もけっこういます。これは写真表現に対しての日本の文化状況のお寒い状況とも関わっていると思うのです。
だって、ぼくも共著『開国マーチ』をいっしょに出させてもらったアラーキーこと荒木経惟さんは日本では二百冊以上の写真集を出して、世界中で個展をひらいているいまや世界の荒木で、町を歩けば「あ、アラーキーだ」なんて指さされるほど有名人だけど、彼のオリジナルプリントを部屋に飾ってある人はとっても少ないと思う。坂川さんはもっと本物の写真といういうものに親しんで、写真家のオリジナル・プリントを部屋に置いてほしいと書いているけど、ぼくもまったく同感です。
携帯電話のデジカメで撮りっこするのも楽しいけど、人間の想像力の扉をものすごい力でノックしてくる写真をじっくりと眺める時間を若い時期に持ってほしいです。
これから、年下の友人たちに「こんな本、おもしろいよ」とプレゼントするつもりで気軽に書いていきます。作家の重松清さんが朝日新聞上で、たしか「先生は薦めない本」というタイトルで連載していた(ぼくの『17歳の殺人者』も取り上げていただいた)と思うけど、きっとぼくが薦める本も学校の先生は薦めないと思います。
では、また、来週。