

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2002-05-27 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
「息子を殺しに行く夫婦が自転車で走った道を走ってみよう」。荒木さんが私に言った。
ここで東京からわざわざ運んだ自転車が登場することになった。私たちは自転車をロケバスから下ろし、準備をした。すると荒木さんが言うのだ。「自転車を運転してたんじゃ写真が撮れないから、おまえが運転しろ。私は後ろに乗って写真を撮るから」。つまり二人乗りをしようというのだ。荒木さんさっさと荷台にまたがっている。と、小雨が降り出した。私は左手に透明傘を持ち、片手運転でペダルを踏み込んだ。背中では荒木さんが、「二人乗りなんて何十年ぶりだな。それいけ、それいけ」とはしゃいでいる。
私は路地から路地へ自転車を走らせた。背中ではシャッター音が聞こえる。「もっと、飛ばせ」。荒木さんの指示が聞こえる。小さな交差点に差しかかってブレーキをかけたら、「かまわず、行け」。荒木さんは流れる風景にシャッターを押し続けている。正面に夫婦と息子の家、つまり殺害現場が見える。私は必死でペダルをこいだ。傘を持つ左手も、両足も棒のように硬くなり、だるさと苦痛がピークに達しようとしていた。みるみる家が迫ってくる。後ろから聞こえるシャッター音が途切れない。「止まるな、どんどん行け」。私がふと後ろを振り返ると、荒木さんは荷台から半身を乗り出し、レンズを正面に迫ってくる家に向けていた。傍目には異様に映ったであろう、この二人乗りがこれが荒木さんとの初仕事だった。(この項続く)